もう一冊が猪木正道『共産主義の系譜』(1949年刊、1948年に増補版、後に著作集)。
猪木の著作は、1970年頃、古本屋の均一棚で『読書の伴侶』という座談集を見つけて読んだ。しきりに共産主義文献を推薦しているので奇異な感じがした。というのは、その年、猪木は防衛大学校長に就任していたからである。右翼は、防大はソ連のスパイに乗っ取られたと批判していた。さすがにそんなことはないだろうとは思ったが、そういう言いがかりをつけられる面もあると思った。私は中坊の時も愚かだったし、大坊になっても愚かだった。
猪木の主著『共産主義の系譜』を読んだのは、その二十年ほど後のことである。既にソ連・東欧の共産主義は崩壊していた。しかし、逆にこの本によって共産主義の軌跡が的確な見取図のように把握できた。十九世紀中葉のドイツの政治状況・思想状況から始まり、二十世紀初めのロシヤにおける共産主義の伸長が見事に分析されている。カウツキーがなぜ駄目だったか、トロツキーがどう脆弱だったか批判する視点など、日ソ両共産党のカウツキー批判、トロツキー批判よりむしろ鋭利なほどである。
しかし、猪木のこの本の優れているところは、政治論・運動論として共産主義の強さを客観的に認識していながら、哲学にまで遡って根源的に批判している点である。
猪木は言う。「歴史においてただ一回しか生起しない個別的な人格の本質は、マルクスにとって永遠の謎にとどまっている」。「民衆は貧賤であればあるほど、無知であればあるほど、かえって貴いというニヒリズムがある」。ここにこそ共産主義の恐怖の淵源があるとする。これが哲学史を踏まえた卓見であることは、四十代半ばの私にはちゃんと分かった。
●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。
※週刊ポスト2016年11月4日号