戦後初期には日本風家屋が多く残っていた(台湾南部・高雄市) AFLO


【特攻機が海に消える姿が忘れられない】

 台湾に戻っている湾生を訪ねた。紺碧の空と深緑の山。日本の信州を思わせる景勝地・南投県の埔里は、地理的に台湾のほぼ中心にあり「台湾のへそ」と呼ばれている。そこに長期滞在する家倉多恵子は1930年台北生まれ。映画に登場する5人の湾生の1人だ。

 戦後は福井・敦賀で暮らしたが、10年ほど前から台湾に通い詰めて、滞在期間は3年を超えた。今回は秋の台湾に一ヶ月滞在する。

「日本で体調を崩し、ひょっとしてこれで人生終わるのかなと思ったとき、自分が生まれた台湾のエネルギーをもらえたら、もう少し長生きできるのかなと期待して、台湾に来たんです。そしたら、すっかり台湾に引き込まれてしまって」

 家倉の父親は台湾総督府の官僚だった。台北、基隆、花蓮と転々とし、「8月15日」を迎えた。帰国した日本で家族や友人に囲まれていても、自分がどこか他人とは違う、という思いに引きずられていた。シベリアからの引揚者である五木寛之の著書「異邦人」に出会い、日本に完全には適合できない自分が「異邦人」であると理解できたという。

「台湾時代の記憶に支えられて、戦後ずっと生きてきました」と家倉は語る。

 家倉は花蓮を離れる時、街で一番高い山に登り、花蓮の海から吹く風に身をさらし、波の音に耳を傾けた。花蓮は特攻隊の基地だった。女学生だった家倉はいつも夕暮れにフィリピン方面に出撃する前に町の上を旋回する特攻機を見送り、機影が海に消える姿を眺めていた。

「この景色を絶対に忘れないようにしようと思って、本当に戦後もいつも思い出して、台湾が懐かしくて、泣いていました。でも頻繁に台湾に訪れるようになって、不思議に思い出さなくなったの。飛行機の移動は体にきついし、毎回来るたびに最後にと思っていても、ついついまた来てしまう」

「故郷の喪失感」と「分裂したアイデンティティー」は湾生に共通する心情だ。

 映画に登場する東京在住の竹中信子は、台湾の東部にある宜蘭の蘇澳で16歳まで育った。宜蘭には冷たい温泉「冷泉」が湧き、現在、人気の観光地としてにぎわう。日本統治時代の当初、地元の人々は「毒水」と呼んで恐れていた。冷泉が飲用も水浴も可能であることを証明したのは、祖父の竹中信景だった。信景は炭酸を含んだ冷泉を原料にラムネ飲料を開発し、浴場としても活用した。

 竹中は「台湾をもっと知りたい」との思いで50歳を過ぎてから台湾の歴史を学び始めた。いま年に一度は冷泉入浴場そばの安宿に滞在し、冷泉が見える部屋で眠るという。竹中は自分の中の台湾と日本をこう言い表す。

「私は日本人。日本には家族や子供もいる。でも日本は故郷ではなくて、台湾が、第一がない第二の故郷みたいなもの。台湾の空気や自然は私にとっては故郷そのもの。でも、1945年で打ち切られて、根無し草のような気もするし、アイデンティティーが分裂していて、いつも迷っています」

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