◆勝敗を分けた指揮官の「信じ方」
振り返ると6戦とも、どう勝敗が転ぶかわからない白熱した試合だった。巷でも「何年かぶりに見応えのあるシリーズだった」という声をよく聞く。
ただ野球のレベルという意味では、エラーや凡ミスが目立ち、高水準の内容とは言い難かったのも事実。だがこれは、両チームともベストな状態でなかっただけに仕方ない面もある。
以前はリーグ優勝から一定期間を置いたタイミングで、「最高の舞台で最高の試合を」という日本シリーズが行なわれていたが、CS制度が導入されてからは、戦いながら頂点を目指すサバイバルの色合いが濃くなっている。
実際、広島はCSで本来なら4番に座るべきルナが離脱したことが最後まで響いた。日本シリーズでは、松山竜平、新井、エルドレッドが務めたが、4番として3人合わせて僅か1打点しかマークしていない。
一方の日本ハムは、クローザーのマーティンを欠いていたが、中継ぎ陣が交代で奮闘しカバーした。大谷という切り札を持っていたとはいえ、選手のやりくりは、広島・緒方孝市監督よりも、日本ハム・栗山英樹監督の方が、完全に上手だった。
第5戦で、シリーズ史上2人目のサヨナラ満塁本塁打を放った西川遥輝について、栗山監督は試合後にこう語っている。西川はその打席まで、20打数2安打と不調に陥っていた。
「状態の良い選手を起用するのが短期決戦での鉄則。でも、遥輝は状態が悪い時でも足を使えるという彼の良さをシーズンで作り上げた。そういう方向性がはっきりしているからこそ、信じて起用できる。試合後に冗談で『代打を出される』と思っていたなんて言っていたけれど、こちらにはそんな気は微塵もない。彼以上に、彼の持っている良さを信じているんだから」
ただ、栗山監督はやみくもに選手の能力を信じたわけではない。第3戦まで1番で起用していた西川を、第4戦から2番で起用していた。
「2番打者には、バントでランナーを進めたり、(相手投手に)球数を投げさせたり、いろいろな役目がある。調子が悪くても彼がやるべきこと、彼にしかできないことがある。(2番起用は)そういうメッセージ」
第5戦で日本ハムは、正捕手の大野奨太に代えて市川友也を先発させた。通常、1カード3連戦で行なわれるレギュラーシーズンでは、捕手は1戦目と3戦目で反対のリードをすることがある。ただ、「4連戦、5連戦には慣れていなくて、裏の裏が表になったり、混乱する恐れがある」(栗山監督)。だから1試合だけ、大野を休ませたのだ。西川の2番起用にしろ、捕手の交代にしろ、選手の普段の力を信頼した上での短期決戦向き用兵だった。
一方、広島の緒方監督は、シーズン中の野球を型通りにやることにこだわってしまった。その最たる例が、第6戦、8回に6失点を喫したセットアッパーのジャクソンの起用法だ。
緒方監督は試合後、「ピンチでもシーズン中は切り抜けてくれていた」と語った。確かにその通りだ。ジャクソンがいなければ広島のリーグ優勝はなかった。ただその実力を信じるからこそ、体調など、100%の能力を発揮できる舞台を整える配慮が必要だった。
優勝を決めた後、最後に栗山監督はこう語ってスタジアムを去った。
「野球って、チームって、生き物。どんどん変化していく。指揮官として、そこを間違わないようにしないといけない。この日本シリーズでは、そのことを最後まで学んだ」
選手を“信頼”し実力を引き出せた栗山監督と、選手の過去の実績を“信用”し切ってしまった緒方監督。選手の信じ方の違いが勝敗を分けた。
●文/田中周治(スポーツジャーナリスト) ●撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年11月18日号