天台大師の弟子の浄弁が記した『天台小止観』は、中国には不完全なものしか残っておらず、日本の天台宗に伝わっていたものが本来の天台小止観なのだそうです。これを初めて出版したのが静枝さんでした。

「止は禅定、観は知恵」という文は、その『天台小止観』の最初のページにあります。弘法大師空海著『秘密曼荼羅十住心論』では、天台宗の教義は一道無為住心に書かれており、その最後に「奢摩他と毘鉢舍那を修す」とあります。ここで奢摩他は「止」、毘鉢舍那は「観」です。

 お釈迦様は、ヨーガの師について先ず奢摩他の達人となり、その後に毘鉢舍那を開拓して「死ぬ」という苦を吹き消しました。松居師も天台小止観解説として『死に勝つまでの三十日』という書籍を著しています。現在、世界中に、特に緩和ケアの現場に、毘鉢舍那が普及し、マインドフルネスと呼ばれています。

 松居師を看取った静枝さんも、その後に進行癌となり、普門院診療所に入院され、最後の時を観音経を読まれて過ごされました。松居師と共に、自ら屑拾いとなって蟻の街の生活困窮者たちを救った、法華経観音菩薩の行を確認しながら終末期を過ごされたのだと思います。

●たなか・まさひろ/1946年、栃木県益子町の西明寺に生まれる。東京慈恵医科大学卒業後、国立がんセンターで研究所室長・病院内科医として勤務。 1990年に西明寺境内に入院・緩和ケアも行なう普門院診療所を建設、内科医、僧侶として患者と向き合う。2014年10月に最も進んだステージのすい臓 がんが発見され、余命数か月と自覚している。

※週刊ポスト2016年12月2日号

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