「これを見ると安心するわ」と、笑顔を見せてくれたのもつかの間。「夜、課内の飲み会」と書いて渡すと、「どんな店?」と聞くので、正直に店名を教えたら、なんと、その店の前に母が立っていたのです。「あなたが心配で、来ちゃった」と、満面の笑みで言われたときは、その場に泣き崩れそうになりました。
いい大人なんだから、早く家を出た方がいいというアドバイスは何人からも言われました。「でも、母には私がいないと」とつぶやく私に、周りはだんだん何も言わなくなりました。今考えれば、私も母にどっぷり依存していたのだと思います。
◆私の突然の家出に母は「恩知らず」と激怒した
あれは私が24才の春先のことです。祖父が亡くなり、葬儀と四十九日が終わったら、私の中の何かがコトンと地に落ちたような感覚がありました。「あぁ、もうがまんしなくていいんだ」と思ったら、体が勝手に動いて、私は荷物をまとめて家を出ていました。
アパートを借りるのに保証人になってもらったのは、父方の従妹。母とはまったく接点のない人。私の突然の家出に、母は怒って「あんな恩知らず、私の葬式にも来なくていい」と父に何度も言ったそうです。
以来6年間、一度も会っていません。その間、「ママ」とか、「母親」と言うこともなくなり、「あの人」がしっくりくるようになりました。それでも私が母の無事を知っているのは、ときどき父から入った母の愚痴話と、週に3、4度、携帯に入る無言電話。私が出ると切れてしまいますが、母に決まっています。
最初は無言の母に向かって怒っていましたが、最近ではそんな感情もなくなり、「あら、元気なのね」と、出ない電話に話しかけています。
変な話ですが、母とは、会わなければ「大学まで行かせてくれてありがとう。不器用な愛情で育ててくれて感謝」と思うこともできます。
つい最近、母は父と離婚の調停を始めたとか。ということは、一人っ子の私が、何かあったら母親の面倒を見るのか。それを思うと胸の奥がざわめいて、どうしようもありません。〈了〉
※女性セブン2017年1月1日号