ライフ

【書評】「指導」するのではなく大衆的感覚に依拠する志

 年末年始はじっくりと本を読む良いチャンスだが、本読みの達人が選ぶ書は何か。ノンフィクションライターの与那原恵氏は、「ポピュリズム」を読み解く書として『娯楽番組を創った男 丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生』(尾原宏之・著/白水社/2200円+税)を推す。与那原氏が同書を解説する。

 * * *
 ドナルド・トランプの米大統領選の勝利は、彼の当選を予期できなかった米国メディアの敗北ともいわれる。大都市を拠点にするメディアは知性主義を信奉してきた。だが、広大な米国内におけるポピュリズム(大衆主義)の台頭、内部の対立感情を見抜くことができなかったと指摘される。

 日本の戦前戦後精神史と、放送メディア史を描く試みという本書の主人公は、丸山鐵雄である。政治学者・思想家の丸山眞男の兄で、昭和九年に日本放送協会に入り、娯楽番組の制作者となった。戦後、ラジオ番組「日曜娯楽版」で一世を風靡し、「のど自慢」の立ち上げを主導した伝説的人物だ。この二つの番組は、鐵雄が唱えつづけた大衆のための番組論がようやく形になったといえるだろう。

 著者はかつてNHKに勤務し、現在は日本政治史の研究者である。鐵雄を組織の中で表現の仕事をする〈サラリーマン表現者〉と呼ぶ。新しい表現を模索し、挑みながらも組織の壁とぶつかってしまい、〈そしていつしか、壁の中で思考し、行動することが当たり前になる〉。今日も身につまされるサラリーマン像だが、鐵雄の放送人としての大半は戦中、そして戦後のGHQ統制下にあった。

 鐵雄がNHKに入局した当時、聴取契約数は右肩上がりの伸びだったが、解約数も多いのは、娯楽番組への不満があったからだ。「国策臭」に満ちた押しつけがましい番組が受け入れられなかった。

 放送局員には大衆を「指導」しようとする傾向があったが、鐵雄は自らの大衆的感覚に依拠した番組を志した。組織から排除されないように注意しつつも、最大限の抵抗を試みる。時局を風刺する「時事歌謡」を作詞し、十五年から翌年にかけて電波に乗せ、翌年には現代のバラエティ番組の手法に取り組んでもいる。

 だが戦局が激しくなるにつれ、放送界への政治的圧力とともに、風刺や娯楽を楽しむ余裕を失った大衆そのものが変質していく。鐵雄の人生を通じて、生き物としてのポピュリズムを見つめる。

※週刊ポスト2017年1月1・6日号

関連記事

トピックス

警視庁赤坂署に入る大津陽一郎容疑者(共同通信)
《赤坂・ライブハウス刺傷で現役自衛官逮捕》「妻子を隠して被害女性と“不倫”」「別れたがトラブルない」“チャリ20キロ爆走男” 大津陽一郎容疑者の呆れた供述とあまりに高い計画性
NEWSポストセブン
無銭飲食を繰り返したとして逮捕された台湾出身のインフルエンサーペイ・チャン(34)(Instagramより)
《支払いの代わりに性的サービスを提案》米・美しすぎる台湾出身の“食い逃げ犯”、高級店で無銭飲食を繰り返す 「美食家インフルエンサー」の“手口”【1か月で5回の逮捕】
NEWSポストセブン
宮城県栗原市でクマと戦い生き残った秋田犬「テツ」(左の写真はサンプルです)
《熊と戦った秋田犬の壮絶な闘い》「愛犬が背中からダラダラと流血…」飼い主が語る緊迫の瞬間「扉を開けるとクマが1秒でこちらに飛びかかってきた」
NEWSポストセブン
全米の注目を集めたドジャース・山本由伸と、愛犬のカルロス(左/時事通信フォト、右/Instagramより)
《ハイブラ好きとのギャップ》山本由伸の母・由美さん思いな素顔…愛犬・カルロスを「シェルターで一緒に購入」 大阪時代は2人で庶民派焼肉へ…「イライラしている姿を見たことがない “純粋”な人柄とは
NEWSポストセブン
各地でクマの被害が相次いでいる
JR東日本はクマとの衝突で71件の輸送障害 保線作業員はクマ撃退スプレーを携行、出没状況を踏まえて忌避剤を散布 貨物列車と衝突すれば首都圏の生活に大きな影響出るか
NEWSポストセブン
真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
このほど発表された新型ロマンスカーは前面展望を採用した車両デザイン
小田急が発表した新型は「白いロマンスカー」後継だというけれど…展望車復活は確定だが台車と「走る喫茶室」はどうなる?
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
11月10日、金屏風の前で婚約会見を行った歌舞伎俳優の中村橋之助と元乃木坂46で女優の能條愛未
《中村橋之助&能條愛未が歌舞伎界で12年9か月ぶりの金屏風会見》三田寛子、藤原紀香、前田愛…一家を支える完璧で最強な“梨園の妻”たち
女性セブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン
ラオスを公式訪問されている天皇皇后両陛下の長女・愛子さまラオス訪問(2025年11月18日、撮影/横田紋子)
《何もかもが美しく素晴らしい》愛子さま、ラオスでの晩餐会で魅せた着物姿に上がる絶賛の声 「菊」「橘」など縁起の良い柄で示された“親善”のお気持ち
NEWSポストセブン