ライフ

【書評】普通選挙によって不戦が可能になる教育の必要性

 年末年始はじっくりと本を読む良いチャンスだが、本読みの達人が選ぶ書は何か。まんが原作者の大塚英志氏は、主権者教育を読み解く書として『憲法の無意識』(柄谷行人・著/岩波新書/760円+税)を推す。大塚氏が同書を解説する。

 * * *
 柄谷行人が湾岸戦争以来、久しぶりに「憲法九条」について話し始めた時、ぼくの知る、柄谷にかつて傾倒していた若い批評家は「もうついていけない」と言った。

 なるほど、九条の理念が戦後の日本人の「無意識」だという主張だけを読めば困惑はわからないわけでもないが、柄谷が「パリ不戦条約」からカントの「永遠平和」、果てはフロイトの「超自我」まで持ち出してまで言わんとするのは、この九条の理念が人間の「内部」からの「自発的」なものだと何としても主張したいからだ。そうあるべきだ、と彼は祈っている。

 そのことにぼくは同意し、ならば柄谷のこの本と柳田國男の『青年と学問』を併記することを読者に強く勧める。この書は大正末から昭和初頭、パリ不戦条約に至る文脈の中で書かれ、一読すればまるで柳田が戦後憲法の前文や九条を語っているかの如き錯覚に陥るはずだ。

 柳田はこの理念を第一次大戦後の「世界一般」の中に芽生えた「個人道徳」であった、と言っている。いわば、世界の人々の「無意識」としてある、と柄谷のように感じ、あるいはそうあってほしいと願っている。

 だからこの書を踏まえると、柳田が戦後、最後の枢密院顧問官として、戦後憲法の審議に関わったことや、死の間際の講演で息も絶え絶えに「憲法の芽を生やさなくてはならない」と呟いたことの意味もやっと見えてくる。

 しかし一つだけ柳田と違うのは、柄谷がこの「無意識」の発露としての選挙を信じないことだ。柄谷は選挙では「憲法の無意識」は、可視化はしないと言う。それは選挙民の愚かな選択を危惧してのことだろう。

 しかし柳田はそのリスクヘッジとしてこそ、彼の学問をつくろうとした。柳田は「普通選挙」によって不戦が可能になるようにするべきだと考え、「公民教育」、つまり「主権者教育」として彼の学問をつくった。『青年と学問』はその宣言の書である。このように戦後民主主義は「戦前」の思想なのであり、「押し付け」憲法論はこの一点で正しくない。

※週刊ポスト2017年1月1・6日号

関連記事

トピックス

新恋人のA氏と腕を組み歩く姿
《そういう男性が集まりやすいのか…》安達祐実と新恋人・NHK敏腕Pの手つなぎアツアツデートに見えた「Tシャツがつなぐ元夫との奇妙な縁」
週刊ポスト
女優・八千草薫さんの自宅が取り壊されていることがわかった
《女優・八千草薫の取り壊された3億円豪邸の今》「亡き夫との庭を遺してほしい」医者から余命宣告に死の直前まで奔走した土地の現状
NEWSポストセブン
あとは「ワールドシリーズMVP」(写真/EPA=時事)
大谷翔平、残された唯一の勲章「WシリーズMVP」に立ちはだかるブルージェイズの主砲ゲレーロJr. シュナイダー監督の「申告敬遠」も“意外な難敵”に
週刊ポスト
左から六代目山口組・司忍組長、六代目山口組・高山清司相談役/時事通信フォト、共同通信社)
「六代目山口組で敵う人はいない」司忍組長以上とも言われる高山清司相談役の“権力” 私生活は「100坪豪邸で動画配信サービス視聴」も
NEWSポストセブン
35万人以上のフォロワーを誇る人気インフルエンサーだった(本人インスタグラムより)
《クリスマスにマリファナキットを配布》フォロワー35万ビキニ美女インフルエンサー(23)は麻薬密売の「首謀者」だった、逃亡の末に友人宅で逮捕
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左/バトル・ニュース提供、右/時事通信フォト)
《激しい損傷》「50メートルくらい遺体を引きずって……」岩手県北上市・温泉旅館の従業員がクマ被害で死亡、猟友会が語る“緊迫の現場”
NEWSポストセブン
財務官僚出身の積極財政派として知られる片山さつき氏(時事通信フォト)
《増税派のラスボスを外し…》積極財政を掲げる高市早苗首相が財務省へ放った「三本の矢」 財務大臣として送り込まれた片山さつき氏は“刺客”
週刊ポスト
WSで遠征観戦を“解禁”した真美子さん
《真美子さんが“遠出解禁”で大ブーイングのトロントへ》大谷翔平が球場で大切にする「リラックスできるルーティン」…アウェーでも愛娘を託せる“絶対的味方”の存在
NEWSポストセブン
ベラルーシ出身で20代のフリーモデル 、ベラ・クラフツォワさんが詐欺グループに拉致され殺害される事件が起きた(Instagramより)
「モデル契約と騙され、臓器を切り取られ…」「遺体に巨額の身代金を要求」タイ渡航のベラルーシ20代女性殺害、偽オファーで巨大詐欺グループの“奴隷”に
NEWSポストセブン
イギリス出身のボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
《ビザ取り消し騒動も》イギリス出身の金髪美女インフルエンサー(26)が次に狙うオーストラリアでの“最もクレイジーな乱倫パーティー”
NEWSポストセブン
女優の趣里とBE:FIRSTのメンバーRYOKI(右/インスタグラムより)
《趣里が待つ自宅に帰れない…》三山凌輝が「ネトフリ」出演で超大物らと長期ロケ「なぜこんなにいい役を?」の声も温かい眼差しで見守る水谷豊
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 維新まで取り込む財務省の巧妙な「高市潰し」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 維新まで取り込む財務省の巧妙な「高市潰し」ほか
NEWSポストセブン