そう、西野は、自身のブログで23万部突破を報告した1月19日、2000円の絵本が買えない人に向けて、タダで全部読めるサイトのリンクを貼った。〈お金の奴隷解放宣言。〉と題して投稿したこのブログ記事が、偽善だ、他のクリエイターの経済活動の妨害だ、と批判され、大炎上になった。だが、炎上するほど絵本の存在が広く知られ、ネット書店の売れ行きも急上昇した。
これは西野の最初からの狙いだったらしい。1月22日のブログで次のように書いている(以下、改行を適宜、外す)。
〈絵本は安くありません。なので、『絵本を買う』となると、絶対にハズすわけにはいかないので、まずは本屋さんで(若干、店主の目を気にしながら)最後まで立ち読みすることが少なくありません。ただ、当たりの本に出会うまで、何冊も何冊も、何日も何日も本屋さんに通う時間もありません〉
〈結果的にどうなるかというと、「子供の頃に読んだ絵本を買う」という決断に至ります。絵本業界は、もう何十年もそのループを繰り返しています(略)仕組み上、若手の絵本作家さんが、なかなか入っていきにくいのです。クリエイターが食いっぱぐれ続けているのです〉
〈突破するには、Web上で無料公開し、時間の余裕のないお母さんに”自宅で立ち読み”してもらい、まずは「買うか・買わないか?」のステージまでもっていかないといけません。絵本とフリーミアム戦略は、とても相性が良いと僕は考えます。というか、もはや、その方法でしか、この絵本業界に何十年も続いているループを抜け出せないと考えています〉
奴隷解放と言った口でハウツービジネスかと苦笑したが、私は、西野のフリーミアム(無料サービスと料金課金を組み合わせる商売)論は適確だと感心もした。
文字だけのテキストでは難しいが、絵本ならネットで立ち読みのようなことをして、気に入った人に有料の本を買ってもらうことができる。絵本は高度な技術で印刷されたモノとして所有欲をそそるし、小さな子の読み聞かせに使いやすい紙の本にはニーズがある。
買う本を探すのが大変との指摘もその通り。絵本売り場でこれという一冊を見つけるには、相当数を読まないならない。価格もそうだが、子供に与えるものなので、〈絶対にハズすわけにはいかない〉と慎重になるのだ。ネットで立ち読みできればすごく楽だ。
出版業は文化事業であると同時に商売だ。西野はそこに自覚的で、戦略的だった。そして戦略を実行するパワーがあった。それは一目置くべき西野の実力であると思う。
ただ、肝心の商品の中身が、なってない。なのに、なぜネットで読んだ人が買う気になるのか。ひとつは、やはり絵だと思う。このコラムのはじめに、「絵の背景がすごく緻密である」と書いた。『えんとつ町のプペル』の絵は特にスマホで見ると、ぐっと圧縮され、よりインパクトを増す。最大の購入動機はたぶんそこだ。