◆スイスでも闇の安楽死が横行
サビナが死去した翌日の午後3時、私はプライシック邸を再び訪問した。
「この1年、各国を巡り、たくさんの人々と話を重ねてきました。私なりの考えがようやくまとまりつつあります」
こう切り出し、私は彼女が行う自殺幇助(*3)が、オランダで実施される積極的安楽死よりは正当行為に近いのではないかとの考えを述べた。
【*3/プライシック氏の実施する「自殺幇助」は、毒薬を用意するが、その決断は患者に委ねるという方式をとる。毒薬入りの点滴にはストッパーが付されており、それを開くのは患者自身の手による。一方、オランダやベルギー、ルクセンブルクでは、医師が直接毒薬を注入できる「積極的安楽死」を認めている】
しかし、欧米の安楽死・自殺幇助団体が、世界のスタンダードとして、広がりを持たせようとする合法化への運動には反対であるとも指摘した。理由は、我々は同じ宗教、歴史、文化を共有していないことで、人それぞれの認識や捉え方が「死」にかかわらず異なるからだ。
女医は、「なぜ合法化が良くないと思うのか」と訊いた。その問いに、私は、「法が乱用される危険があるからだ」と断言すると、彼女はこう言う。
「乱用は、私も恐れている。だから積極的安楽死には反対よ。オランダやベルギーでは医師が毒薬を打ち、ビデオ撮影もない。本当に患者の意思によるものかが曖昧だわ。ただ」
続けて、女医は、法制化されないことの危険性について説明する。
「医師の中には、違法行為に手を染めてでも、患者を死に至らすものが必ず出てくるのよ」
事実、自殺幇助が合法のスイスでさえ、闇の世界で患者を安楽死に導く行動が、日々、行われているという。それは医師が、自殺幇助による警察の取り調べや事務的作業を嫌うためだと、彼女は明かした。これは、医師35人のワークショップで交わされた内容で、公になれば彼らは全員検挙されるのは間違いないという。私はこう返す。
「でも、法的に認められ、自らの意思に基づく自殺幇助であろうと、末期症状を持たない患者に致死薬を与える行為は、正しいとは思えません」
まだ生きることができる状態のサビナを、女医はこの日の朝、旅立たせた。そのことに私は深い疑問を抱いていた。女医は、私の見解を正そうとした。
「あなたは、彼女の人生が尊厳のあるものだと思うの? トイレにも一人で行けず、おむつを付けて生きるのよ」