以前は、ただ頷き、女医の死生観が正しく、美しくも聞こえたが、この時の私は違った。障害を抱える人間が、人生に不幸を感じ、死にたいと思うことがあるのも事実ではあるが、十分に生きていける障害者がいることも私は知っている。彼女に問い直す。
「あなたはサビナの人生の最期を決めたのですよ。彼女の長い人生の背景について、どこまで知っていたのですか」
死は個人のものなのか、それとも、集団のものなのか。こうした疑問に苛まれるのは、18歳の時に日本を離れた私にも“日本人的なる意識”がどこかに潜んでいるからだろう。私は、死は個人のものとして割り切れない部分があると信じている。だが、後者の感覚を欧米人に伝えることは難しい。案の定、答えは期待はずれだった。
「私はよく、『人は自らの死を選び、他人は人の死とともに生きる』と説明します」その決め台詞こそ、私の考える死生観と異なるものだ。人間は、そこまで強い生き物ではないのだ。だが、ここで反論せず、逡巡したのは私が日本での安楽死・尊厳死取材をまだ行っていないからだった。
昨今、日本でも安楽死法制化の機運が高まりつつある。脚本家・橋田壽賀子氏がスイス最大の自殺幇助団体ディグニタスを例示しながら、「日本も安楽死を容認すべき」と公言した(*4)。実は、この話を、スイスに来る数週間前、女医にメールで知らせていた。
【*4/橋田氏は文藝春秋12月号で、〈ボケたまま生きることだけが恐怖〉〈いま病院は、認知症の人をいつまでも預かってくれません。悪い言い方をすれば、病院から追い出してしまう。追い出すくらいなら、希望する人は死なせてあげたらいいではないですか〉〈日本でスイスのように安楽死を認める法律を早く整備すべき〉と述べた】
その際、彼女から橋田氏の連絡先を尋ねられた。なぜ彼女は連絡先を知りたがったのか。
「彼女が91歳であれば、いくら今は健康とはいえ、突然、体調を崩すことが考えられます。関節、視聴、疲労などの問題が生じ、生活が苦しくなります。なぜスイスで死のうと思うのか、その理由を聞きたいと思いました。
それによって、心筋梗塞などで体調が悪化した場合でも、ここを訪れる可能性は与えられるでしょう。しかし、意思表示ができなくなったら、手遅れです。もしスイスに住めば、万が一、意識を失ったとしても、私はセデーション(*5)を施すことができます……」
【*5/苦痛緩和を目的とし、薬で末期患者の意識を下げ、昏睡させること。日本では緩和的鎮静と訳される。日本では安楽死と区別され、医療行為の一つとして認められるが、スイスやオランダではこれも消極的安楽死として数える】