コーチとして伊藤が思うピッチャーの生命線とは一体どこなのか。
「まずピッチャーとして生きていくためにはフィジカルトレーニングは絶対に欠かせないもの。フィジカルを鍛えることで技術に直結すると思うし、良いコンディションでないと良い練習ができないのは当然のことです。どっちかというと、野手は技術屋、投手は体力勝負だと思う。技術練習以上に、パワーを溜めておくために体力を養うことが重要ですね」
体力さえあれば、100球以上投げてもフォームが乱れることもなく、怪我も少なくなる。投手は技術のまえに体力をつけることが先決だと伊藤は自戒を込めるかのように強く語る。
それは孤高の天才投手・伊藤智仁だからこそ行き着いた境地なのだろうか。
「よくピッチャーは孤独だと世間一般にいわれがちですが、僕からしたら野手も孤独だと思います。ピッチャーでも野手でも誰も相談できる人はいませんからね。自分で全部考えなくちゃいけないですから。あえて孤独と思ったことはないです」
誰もが決して忘れないあの衝撃をファンに与えた伊藤智仁は、色褪せない記憶とともに、名伯楽への道を歩き始めている。再び、あの興奮の坩堝を生み出す投手を育てるために──。
●いとう・ともひと/1970年、京都府生まれ。花園高から三菱自動車京都を経て1992年ドラフト1位でヤクルトに入団。1993年は前半戦だけで7勝2敗、防御率0.91の成績で、松井秀喜(巨人)を抑え新人王受賞。その後、怪我に悩まされるが1997年に7勝2敗19セーブでカムバック賞受賞。2003年に現役引退。リハビリ期間を抜いた実働7年で生涯成績は37勝27敗25セーブ、防御率2.31。2004年よりヤクルト二軍投手コーチに就任し、2008年より一軍投手コーチとして2015年のリーグ優勝にも貢献。
撮影■桜井哲也 取材・文■松永多佳倫
※週刊ポスト2017年3月3日号