◆人に理解されない衝動は誰にもある
「映画監督になりたかった僕の場合、バイトをクビになって、金も全然ない時に唯一手元にあったパソコンで衝動的に書き始めたのが小説。人に理解されない衝動って誰しもありますよね。
特に秋成の場合はまだ罪を犯していないことが重要でした。理屈で考えたら受け入れる社会の方が正しいんだけど、受け入れようよってしたり顔で言うのも嘘臭いしね。僕自身は包摂にはこんなリスクが伴う、そのリスクを知った上で、受け入れてみないか、くらいのスタンスなんです」
その時、最も障壁となるのが感情だが、特に近年は理性で感情は超えられるという方向にばかり、歴史は動いてきたと呉氏は言う。
「感情はある、しかも醜くて愚かな感情が誰しもあると認めた上で、そろそろ冷静かつ理性的に心のことを考えようよと言いたい。千早や住民から入壱の診察を依頼された彼女の元恩師〈寺兼〉の意見にしても、私見であって正解ではなく、そこには立場や感情が微妙に絡んでくるはずです」
寺兼は言う。〈我々にできるのは三つだけだ。排除、隔離、そして包摂〉〈包摂とは、すなわち洗脳なのだよ〉〈社会とアウトサイダーがどちらも最小限の忍耐で暮らしていけるよう、上手に洗脳してあげることだ〉