そんな恩師と相容れずに研究室をやめた千早自身、幼少時代の苦い記憶や夫との溝を抱えている。秋成の突然の失踪や文化祭の最中に起きたゲンジロウ殺害事件など、その後も物語は転がり、衝撃の結末へと疾走していく。
本書のキーワードは、全ての謎が解けた時、千早がある人物に抱く〈孤人〉という印象や、彼女と対立する妹が言う、〈お姉ちゃんも、いてもいい〉という言葉だろう。人は所詮1人、だからこそ理解しえない他者が、隣にいてもいいとも思えるのだ。
「例えば誰かと一緒にいたいというのも人間の原初的な衝動で、その寂しさから来る衝動がなければ包摂も何もないと思うんですよ。ただしその場合も独立した同士がお互いを許容しあう忍耐が必要で、自分ではない他者との適切な距離が、この『いてもいい』だった。
今は孤独を嫌い過ぎというか、イイね文化とか既読圧力とか、なぜそんなに繋がりたいのかと思うし、みんなって怖くないですか。自分に差別意識がなくても相手が100人いたら絶対同調圧力に呑み込まれるし、少なくとも僕は隣にいてもいいと思う人が1人か2人いれば、それで十分です」
教育の名を借りた洗脳や、個人を脅かす全体に抵抗を覚える呉氏は、だから自分派を貫くのだろう。100人なら100人の読者と考えたい問題をより面白い物語に描くエンタメ作家として。
【プロフィール】ご・かつひろ●1981年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。「僕はD・フィンチャー監督の『セブン』や黒沢清作品みたいなエッジの効いた映画が好きで、現場の手伝いはしたものの、続ける意欲が持てなかった。それからはコールセンターのバイトや力仕事で食い繋ぎ、結局自分は物語が作りたいんだと思って小説を書き始めました」。2015年『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。他に大藪賞候補作『ロスト』等。173cm、78kg、A型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2017年3月17日号