一方、施設に通い始めた二年前の照れ屋で純情だった面影はすっかり無くなり、今では妙な自信に漲っている清水さんは、今度はいろいろな女性へ向けて婚活に勤しんでいる。
「Y美さんの後に“惚れた”女性職員の為に、髪を染めたり眉毛を整えたりしていましたが呆気無くフラれました。すると今度は、新卒の若い事務員女性の気を引こうと、母親の年金で永久脱毛に通っています。女性に介助されていい気分になるのはある程度理解できますが、清水さんの場合は手当たり次第に女性職員にセクハラを仕掛けるようになり、すでに四人が辞めるか、異動しました。“半径50cm以内に近づくと求婚される”と、女性職員は気味悪がって誰も近づきません」
清水さんの奮闘ぶりを滑稽と笑うのは簡単だ。しかし、日本の将来を考えたとき、彼の姿は特殊な例とは言い切れない時代が来るのではないか。たとえば昨年、女性との交際経験がない男性が20代未婚男性で53%にものぼったという調査結果がある(安田生命生活研究所調べ)。いま20代の男性が50代、60代になったとき、現在よりもずっと多くの人が「交際経験なし」になるだろう。異性との交際経験を積んでこなかった高齢者が、介護という仕事を自分への好意と勘違いしてしまう事態が、もっと頻繁に起きると容易に想像できる。
“相手は老人”かつ“お客さん”として接するがあまり、清水さんのような婚活暴走老人が生まれてしまったというわけだが、現在でも彼の例は特殊と言い切れるものではない。関係者以外に知られていないだけだ。実際に、介護職員に思いを募らせるあまりラブレターを渡す高齢者は珍しくないし、職員の身体を触るなどのセクハラは日常茶飯事だ。
笑えそうで笑えない、超高齢化社会の我が国で起きている現実。今は取るに足らない小さなこと、特殊な事例だと思うかもしれないが、見過ごしているうちに大きな社会的問題になるだろう。