◆浮遊する国民
受賞後、東山のメディア露出は一気に増えた。そんな仕事の一つとして東山は2016年1月の台湾総統選の観察に出かけた。ここでちょっとした「事件」が起きる。
東山はいまも「中華民国」の国民であり、台湾旅券を持っている。一度も過去の選挙では投票したことがなかったが、台湾の未来を左右する今回の選挙では一票を投じようと考えた。ところが、台湾に行くと投票できないことがわかった。台湾では長期間戻っていないと戸籍が抹消され、投票権を失う。国籍があっても投票できない「浮遊する国民」になっていた。
台湾の独立を将来の目標に掲げる民進党の圧勝は、東山にいささか複雑な感慨を抱かせた。観察記のなかで、歓喜に沸く蔡英文の支持者が「台湾語を話そう」と書かれたシャツを着ているのを目撃した東山は、こう記す。
「この場所では、台湾語はある種の符号だった。それを理解できる者だけが、真の台湾人だと認められる。寄る辺のない孤独を?みしめながら、私は雨に打たれていた」
東山は、台湾のローカル言語である台湾語を話せない。大陸出身の外省人の両親の下で育ち、少年期に台湾生活を終えている東山は、90年代の李登輝の登場に伴って動き出した「台湾本土化」「台湾アイデンティティの強化」といった時代の潮流から切り離されている。それは、王孝廉が90年代以降、台湾で作品を発表しなくなったこととも関係があるのかもしれない。そのためか、東山は自らのアイデンティティの問題についても、常に距離を置く発言に徹している。