ちなみにシミや〈タカ、ヨギン、シモン、ニーチ、コウ、ハッサン、クレナイ〉は全て実在の人物だという。ぼくはいつも本名も素性も知らないシミの車に乗り、シミを通してしか八王子を知らなかった。〈ぼくが知っていたのはシミが聴いていた音楽のことだけだ〉〈それが何の音楽なのか、名前はいまだにわからない〉
それでもシミが、〈お前が見たものはそれはそれで事実だろうし、おれに意味はない。どこに向かうかも知らないし、そもそも方角なんかない。ないからおれは動いている〉と言ったことや、タカが〈星座なんかない。ただ星だけがある〉と言ったこと。そんな彼らに〈人間はもともとそれぞれに個性があるのではなく、ある一定の人間が集まると、集団に合わせて変容する〉と感じたことは今もぼくの中で息づいていた。〈ぼくはただ書いている。この状態を書いている。記憶ではなく、いま生まれているものをただ記録している〉
「僕らが今感じているのは、非常に限られた言語状況で作られた知覚である可能性が高い。今作は、本当は何を感じ、記憶とは何かを検証する、一つの実験です。
ただこういう考え方って普通はないことにされちゃうでしょう。でも僕はみんなが日常の中で潰してしまうザラザラ、プチプチしたあぶくを潰さない方が物事は進むと思う。以前は潰せない自分が悪いのかとも考えたけど、今はそれを書くことで救われている。
本当は喋りたいんですよ。皆さんと、毎日でも(笑い)。でもみんな忙しいから書いて伝えるしかない。普段はないことにされている空間の歪みがただそこにある感じとか、言語化できない感覚を言語化できるのも言葉。本当はもっとわかりやすい本が良いんだろうけど、僕は知覚の互換性を高めるために物を書いてきたし、精度を上げれば上げるほど、強い連帯を感じるんです」