◆言葉以前の言葉で友と繋がっていた
3.11後は熊本に戻り、新政府を樹立。被災者受け入れ施設・ゼロセンターの設立や、「いのっちの電話」による自殺者救済を政策に掲げ、人として当たり前のことをしようとする姿勢も、シミたちから学んだという。
「当時はあんなに根源的で濃密なコミュニケーションを日常的に取れていたってことを、僕は21の僕に向けても書いた。大事なのは仕事になるとかならないじゃないってことも、彼らが気づかせてくれたんです。
元々僕は本が読めないし、物書きの友人もいなかったけど、熊本には石牟礼道子さんや渡辺京二さんがいて、特にミッチャンは僕のこと、恋人だと思ってるんですよ。それも『出会った頃、貴方も私も植物でしたよ』とか、植物同士が会話をしていたデボン紀からの恋人同士らしい(笑い)。
僕自身、歌と言葉が分化する前の人間という気もするし、動植物や星の種別が何ら意味をなさない空間で、シミたちと言葉以前の言葉で繋がっていた。そういう今の人間が背を向けてきたものの象徴がシミかもしれず、あの空間には人格すらあったと、僕は思うんです」
もっとも理屈は後付けだと坂口氏は言う。が、彼がその状況を克明かつ誠実に記す時、読む者は人と人がいることで時間や空間がいかようにも変化した事実を今さらのように思い出す。どこかで聞いてきた言葉を便宜的に使い、感じることすらままならない私たちにとって、この開眼は自由な連帯への一歩に違いない。
【プロフィール】さかぐち・きょうへい/1978年熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒。在学中から路上生活者の“家”を研究し、2004年に写真集『0円ハウス』を刊行。画家や音楽家としても活躍し、東日本大震災を機に帰熊。新政府内閣総理大臣を名乗り、『独立国家のつくりかた』が話題に。2014年『幻年時代』で第35回熊日出版文化賞、2016年『家族の哲学』で第57回熊日文学賞。他に『徘徊タクシー』『ズームイン、服!』『現実宿り』等。171cm、67kg、AB型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2017年6月9日号