「いまはニケシュがいなくなったばかりなので、すぐに案があるわけではありませんが、これから10年かけてしっかりと取り組んでいきます。原則として、われわれのグループの中で5年、10年と重要な経営の役割を一緒に担い、十分に気心が知れて能力的にも人格的にも優れた人が望ましい」
10年以内にバトンタッチできれば、かろうじて“60歳代”には引退できる。そう考えているのかもしれないが、果たしてあと数年で経営の第一線から退く決意が持てるのだろうか。雑誌『経済界』編集局長の関慎夫氏は懐疑的な見方をする。
「先日、ある経営学者の90歳を祝う会で孫氏がビデオメッセージを贈っていたのですが、その中で『いまだ何もできていないことに焦りもあるし、忸怩たる思いもある。でも必ずや歴史に名を残す』と言っていました。つまり、事業家人生はまだこれからだと……。とても一度は引退を考えた経営者の言葉とは思えません。
2010年にソフトバンクアカデミアを開校しましたし、今後も後継者教育や優秀な人材のスカウトは続けていくでしょう。しかし、そこは『経営はメチャクチャ面白い』と言い続ける“全身起業家”である孫氏のこと。自分が健康であれば70歳になっても経営を手放さないかもしれません。
もっとも、ニケシュを放逐したことで自らの後継者選びに大きなハードルをつくってしまったことは大きいでしょう。いま、ソフトバンク内に事業全体を見ることのできる人間はいませんし、なによりも優秀な人材であればあるほど、いつバトンタッチされるか分からない孫氏の後継者になる道を選ぶはずがありません」
だが、事業拡大を続けるソフトバンクにとって、後継者選びが後に延びれば孫氏の健康問題が最大のリスク要因となってくるのは間違いない。関氏が続ける。
「まだ60歳といっても、孫氏は20代のころにB型肝炎を患って死をも覚悟したといいます。以来、体調には気をつかっているようですが、盟友のスティーブ・ジョブズ氏も56歳でこの世を去りましたし、この先なにが起きてもおかしくありません。
仮に孫氏が10年後、『できるところまでやる』と生涯経営者を貫く構えを見せたなら、ソフトバンクは常に孫氏の健康にハラハラさせられることになり、それが重大な経営リスクとなって跳ね返ってくる日がやってくるでしょう」
米携帯電話会社のスプリントやアーム社の買収、そして最先端のテクノロジー企業などに投資する10兆円ファンドの創設など、拡大一辺倒のソフトバンク。最終利益で1兆円を突破したとはいえ、いまだ13兆円を超える有利子負債を抱えるなど“ハイリスクハイリターン”経営も続く。
カリスマ創業者・孫正義の果てしない野望を受け継げる人材が本当に現れるのか。もし、適任者がいなければ本当に人工知能に頼るしかなくなるだろう。
■撮影/横溝敦