──暴力とのミスマッチというと、小林監督の地元の静岡方言もそうですね。「そうらぁ(※そうでしょう)」という語尾など、画面で起きていることの激しさと対照的です。今回はそんな静岡方言をベースにオリジナルな方言を作り出したそうですね。それはなぜでしょうか?
小林:バイオレンス映画であり田舎ホラーにしたかったんです。そのためにはまず、方言であるべきだと決めていました。原作にある「○○ゾ」と語尾がカタカナのゾになっている感じはすごく好きなんですが、知らない土地の言葉です。だから、生活の中で聞いた変な言葉、変な言い回しを合体させて、オリジナルの方言を作ることにしました。そうすれば、方言指導をどうするかという制作上の都合も解消されます。それに、聞いたことがある日本語なんだけれども、聞き慣れない、よく分からない言葉にしたかった。
──便利なオリジナル方言には、どんな効果がありましたか?
小林:その方言の創造主はオレだからルールはオレが全部決める、という便利さだけではありません。観客が映画を観て、知らない土地に入っちゃったと感じて、怖いことが起きるかもしれない不安を感じながら、スクリーンの中に引きずり込まれるようにしたかった。オリジナルな方言のおかげで、すごく野蛮な、恐ろしいところに入ってしまう。ここはどこなんだ? と観ていると戸惑うようになったと思います。
──そして恐ろしい事件が数珠つなぎに起きていきます。主人公・タカノリのやったことを並べると、観客が共感するのは難しいように思うのですが、彼の魅力を引き出すにはどんな工夫をされたのでしょうか?
小林:タカノリは、一作目の『仁義なき戦い』(深作欣二監督、1973年)の主人公・広能昌三(演・菅原文太)のイメージです。あの作品を現代版にするんだという気持ちで撮りました。
──『仁義なき戦い』はヤクザという組織の話で、『全員死刑』もヤクザ一家とはいえ、無計画な金目当ての連続殺人です。ずいぶん異なる話のように思いますが?
小林:『仁義なき戦い』は責任逃れの話なんです。ヤクザの親分に責任を転嫁されて、汚れ役をいつも引き受ける広能昌三が、最後は悔しくて、友だちの葬儀で銃を乱射して帰る。仁義なんかない! で終わるあの物語に当時の人たちは共感して、心を打たれたから社会現象になるほど大ヒットしたと思うんです。そうだよ! オレはコレが悔しかったんだと思ったに違いない。その、社会の圧に対する怒りを現代版に変えるのにタカノリは合っていると思います。実録映画を現代に、未来へ向けてアレンジして更新していかなきゃならないと考えながら撮りました。