「初心忘るべからず」という世阿弥の言葉は誰でも知っているが、ほとんどが誤解・誤用のようだ。能の六百五十年の歴史には、やむを得ざる大きな変革が四度あった。秀吉の時代、綱吉・吉宗の時代、明治維新後、それに戦後である。シテの装束はかわり、劇の進行は三、四倍も緩やかになり、上演場所が屋外から屋内に移り、スポンサーが消滅した。そのたびに能が生き残ったのは、「意思を持ったイノベーション」すなわち「初心」を忘れなかったからだ。「初心」とは変化しない心ではない。
非常に興味深い本だが、この先は能を見、さらには漱石のように入門して「能的空間の神髄」に触れるほかはない気がする。
※週刊ポスト2017年12月8日号