その古馬の落ち着きを、年下の馬はちゃんと感じているようです。2、3歳馬を古馬のオープン馬と一緒に調教すると、急に落ち着きが出てくることがある。性格的な成熟が早くなるような。「先輩はやっぱりすごいな。同世代と遊んでる場合じゃないぞ」などと思うのかもしれません。馬には仲間意識があります。同厩舎の、いわゆるステーブルメートです。気性が荒い馬でも、仲間内で蹴りあったりはしない。双方が意識しているかどうかは別として、先輩は後輩を導き、後輩は先輩を仰ぎ見ているのでしょう。
しかし不思議なもので、年下は「いつか逆転してやれ」という競争意識も持っている。生存の本能でしょう。動物行動学的に見ると、馬は常に上下関係を気にしていて、いつかは立場を引っくり返そうとする。極端にいえば、牡馬ならば種馬として生き残るために殺し合いに近いことも起こる。まずは同世代の争い、強くなれば上を追い抜こうとする。やがては下からの脅威に怯える。彼我の優劣を気にするのは、人間の世界でも同じですね。
そんな馬の心理を、人間がうまく汲み取ってやる。
牝馬は夏を経て強くなるので、どのくらい成長したか古馬と走らせてみたい。しかしそこでガツンと跳ね返されると良くないわけです。「ああ、先輩にはかなわない」と感じてしまう。年齢差は古馬になると気にならなくなるようですが、それでも個人差はあります。たとえば5歳馬は「若い娘には負けられないわよ」と思ったりするかもしれません。
そうやって双方が精神的に成長していくんですね。頼るところは頼る。そう思えることが精神的な成長です。素直は美徳なのですね。
●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。2000年に調教師免許取得、2001年に開業。以後16年で中央GI勝利数24は歴代3位、現役では2位。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップ、シーザリオでアメリカンオークスを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカなど。本シリーズをまとめた『競馬感性の法則』(小学館新書)が好評発売中。年初に2021年2月で引退することを発表した。
※週刊ポスト2018年2月2日号