まずモンテーニュの『エセー』(1)は、ご承知のように、ルネサンスを代表するフランスの哲学者が人間について考察した書です。モンテーニュは、フランス宗教戦争の時代を生きました。彼自身はカトリックの立場でしたが、プロテスタントにも人脈を持ち、両者の協調、妥協に努め、殺戮やフランスの分裂を止めようとしました。大変な暴力、苦しみ、悩みの中にいながら、ひたすら静かに思索し、物事をいろいろな角度から考えます。『エセー』を読むと、彼の思索の奥深さを感じるのです。
 
『知恵の七柱』(2)は、「アラビアのロレンス」として知られるイギリス人T.E.ロレンスの回想録。彼はオックスフォード大学出身の考古学者ですが、第一次世界大戦が始まると陸軍情報部員となり、アラブのベドウィン部隊を指導しながらオスマン帝国と戦います。世界史上、初めてゲリラ戦の概念を編み出した天才的軍人です。しかし、戦後、アラブ世界をヨーロッパ諸国の都合で人工的に分割するという欺瞞に自分も加担してしまった。そのことについての苦悩も書かれています。

 同じように歴史の中での人間の苦悩を感じさせるのが、『神皇正統記』(3)。後醍醐天皇に仕えた政治家北畠親房が書いた歴代天皇の年代記で、日本と日本人のアイデンティティを問う書です。その背景には後醍醐天皇の「建武の新政」の挫折がありますが、それについても反省的に語り、後醍醐天皇に対しても批判的です。つまり、歴史というものを非常に冷徹なリアリズムで見ている。そこがこの書の魅力的なところなのです。

 この3つの書の著者に共通しているのは、自分の政治的、社会的立場にかかわらず、自分の外にもう一人の醒めた自分を持ち、その自分が自分を見つめることで物を書いていることです。私はそうした姿勢と視角に興味があります。

 私は月刊「文藝春秋」2018年1月号から「将軍の世紀」という連載を始めました。江戸時代史を描くことで天皇と将軍の政治関係を照射する試みです。イスラム史や中東政治の専門家と思われている私がなぜ、そのようなものを書くのか? それは、ここに挙げた3人の先達にはもちろん及びませんが、やはり自分の学問と人生を考えるとき、その外側に自分を眺めるもう一人の自分を持つことが大切だと考えるからです。

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