村には、エスキモーの女性と結婚し、一男四女をもうけた日本人の大島育雄さんがいて、撮影を助けてくれた。腕のいい猟師として村人から認められている大島さんが側にいたとはいえ、彼らの共同体に馴染めなければ、仲間とは認めてくれない。
お祝いの席で振る舞われる「キビヤ」は「渡り鳥アッパリアス」を、「アザラシの毛皮の中に詰め込み発酵させた」肉片。くさやより強烈な匂いで、胃から押し戻される。それを必死に呑み込んだとき、振る舞った家の主人は「ニヤリと笑った」。みんな、貪るように食べている。
思わず目を見張る美人の写真もある。氷山に腰掛ける若きエスキモーの女性だ。清楚な笑みをたたえているが、撮影後、緊張と寒さのあまり「口から泡を吹き」意識を失ったという。どういうわけか、忘れていた感覚がよみがえる。40年の時間と極北の向こうに残されていた懐かしさだ。
(注:本書内での表記に合わせ、「エスキモー」としています)
※週刊ポスト2018年3月2日号