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2018.04.08 07:00  週刊ポスト

金田正一氏 乱闘では「味方の選手までワシを踏んでやがった」

400勝投手が乱闘事件を振り返る

 プロ野球の歴史をひもとくと、乱闘どころか暴動と呼ばれるような事件も起きている。1974年5月23日、平和台球場での太平洋―ロッテ戦で、ロッテ・金田正一監督が発した太平洋・稲尾和久監督への暴言からファンが暴徒化。金田がバットを振り上げてファンを威嚇するなど、警察が出動する事態に発展した。往時を金田氏が振り返る──。

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 ワシの審判への抗議はパフォーマンスなんじゃよ。いつも口元が映らないようにテレビカメラを背にして、「すまんがこれから怒鳴るから、しばらく黙って聞いてくれ」と審判に小声で謝っていたんじゃからな。たまに暴言を吐く審判がいてカーッとなることがあっても手は出さない。反射的に足は出たがな(笑い)。

 ワシが絡むとすぐに遺恨試合となるが、あの時は太平洋が集客アップのために遺恨を煽り立てたのよ。ワシは演出のつもりだったが、汚い言葉で野次ったりしてマナーが悪いことで有名だった太平洋のファンが本気になってしまったというのが真相なんじゃ。

 そもそもファンを鎮めることができない稲尾(和久監督)をボロクソにけなしたのが始まり。それでファンが騒ぎ出して“金田憎し”となった。すると太平洋の球団代表が、「遺恨試合として営業させてほしい」と頭を下げてきたんじゃ。ワシも客は入らない辛さはわかっていたから、「どんどんやれ。協力してやる」といったのよ。

 それからロッテと太平洋の試合は遺恨試合として盛り上がり、平和台でも川崎でも超満員。選手や監督同士は和気あいあいとやっていたが、ファンは知らないからね。どんどんエスカレートして、マジの遺恨試合になってしまったのよ。

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