「実は『孤狼の血』を書いた当時は続編のことは全く頭になく、先輩作家にも『大上はいいキャラなのになあ』と言われました(笑い)。
ただ私からすれば大上はやはりあの形にならざるを得なかった。だから今回は日岡が何かを受け継ごうとする継承の物語を描こうと思いました。大上の教えを日岡が自分のものにするには時間もかかるし、万引き一つ起きない平和な村で地元の人に野菜をもらったりする日々の中、大上が何を伝えたかったかに気づくのも、一つの成長だと思うので」
その成長を促すのが新たな相棒との出会いだった。ある時、大上とよく通った小料理店〈志乃〉を訪れた日岡は女将の〈晶子〉から、呉原時代に昵懇の仲だった尾谷組現組長〈一之瀬守孝〉と瀧井組組長〈瀧井銀次〉が二階で商談中だと聞かされる。が、整形後も変わらない〈耳の形〉を覚えろと大上に叩き込まれた日岡は同席していた客人の方が気になる。それは〈明石組〉〈心和会〉抗争の際、明石組組長らを暗殺した首謀者として手配中の義誠連合会会長〈国光寛郎〉の耳に違いなかった。
〈手柄を立てれば、所轄へ戻れる〉と彼の胸は高鳴るが、別れ際、国光は驚くことに、〈あんたが思っとるとおり、わしは国光です〉〈わしゃァ、まだやることが残っとる身じゃ。じゃが、目処がついたら、必ずあんたに手錠を嵌めてもらう〉と約束し、その約束を本当に守ろうとするのだ。
「男が男に惚れる瞬間ですね。国光と出会った瞬間、日岡は直感的に信用していて、国光と城山で再会してからも彼を泳がせていいのか自問しつつ、コイツだけは信じられるとやっぱり思う。その根拠なき直感を読者の方に共有してもらえるかどうかが、本書の生命線でした」
そう。国光はあろうことか〈坂牧建設〉が建設中のゴルフ場の工事責任者として城山に潜伏し、舎弟共々日岡に挨拶に来たのだ。その真意は不明だが、しばらく様子を見ることにした日岡は、地元の有力者〈畑中〉から婿候補と見込まれ、長女〈祥子〉の家庭教師を頼まれるなど、田舎の人間関係を持て余してもいた。