元号制度の“母国”である中国にはなかった制度だが、途中、戦国時代に中断はあったものの、幕末の「文久」(1861年、辛酉改元)、「元治」(1864年、甲子改元)まで続いた。
このように日本が元号を独自解釈し続けたのに対し、中国は清が倒された時に廃止され、朝鮮半島やベトナムもすでに使っていない。
日本でも戦後、元号廃止の危機があった。昭和22年に旧皇室典範が廃止されたときに、元号制度は法的根拠を失った。「昭和」は法的根拠がないまま使われていた期間があったのだ。
法的に“復活”したのはそれから32年後の昭和54年である。元号法が成立し、平成6年に「公文書の年表記に関する規則」ができ、公文書では原則、元号を用いると決められた。改元を前に、そうした歴史があったことも知っておきたい。
●ふじい・せいどう/1955年生まれ。23歳で第1回「星新一ショートショート・コンテスト」入賞。これを機に作家・脚本家・放送作家として現在も活動中。
※週刊ポスト2018年6月8日号