『燃えよ剣』と同じぐらい大好きなのが、池波正太郎さんの『原っぱ』。池波さんと言えば、『鬼平犯科帳』、『剣客商売』、『仕掛人・藤枝梅安』などが有名で、自分も夢中になって読みましたが、この作品は池波さんには珍しい現代小説。東京の市井の人々を描いた、殺しもチャンバラもない、どちらかと言えば地味な話です。でも、人情の機微がつまっていて、思わずほろりとさせられるんですよ。
この2人と並んで日本の文芸の大きな存在だと思うのが藤沢周平さん。最初に一番凄い作品を読みました。『蝉しぐれ』です。少年藩士の成長が自分が野球をやっていた少年時代に重なるんですが、強烈に覚えているのは、12歳の女の子が蛇に指を咬まれたとき、滲んだ血を主人公が吸う冒頭の場面。ぞくぞくっとした色気を感じました。実は藤沢さんの娘さん(エッセイストの遠藤展子氏)と家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっている縁で、去年、山形県の鶴岡市立藤沢周平記念館で、藤沢さんの作品について講演してきました。
僕は、作品に描かれた男の生き様に惚れて作品が好きになるんですが、その意味でひと頃はまったのが山崎豊子さんです。とても女性が書いたとは思えない骨太の作品ばかりでしょう。『白い巨塔』『華麗なる一族』『不毛地帯』『大地の子』『沈まぬ太陽』……すべて読みましたよ。なかでも『不毛地帯』で、主人公がついに石油を掘り当てる場面では読んでいる自分まで体が震えました。
他にも好きな本、好きな作家は挙げればきりがないんですが、僕はやはり野球人なので野球をテーマにした作品を挙げておきたいね。赤瀬川隼さんの短編「捕手はまだか」です。少年時代の大会で戦ったチーム同士が、その後の人生を背負って33年振りに試合をするという話です。この本を読んでいいなと思い、自分も、高3のとき夏の甲子園の予選準決勝で負けた相手と20年ぐらい前に試合をしたことがあった。投げ合ったピッチャーはその後亡くなってしまいましたけどね。自分の人生と重なるので忘れられない本です。