岩本隊長はこの方針に強く憤った。パイロットは敵の激しい攻撃の最中、鍛え上げた技術を駆使して爆弾を投下し、敵艦を沈めることが任務である。そのために事故死を怖れず厳しい訓練を繰り返す彼らにとって「敵に体当たりしろ」との命令は技術とプライドの否定であり、侮辱だった。
岩本隊長は独断で九九双軽を改装して、操縦士が手動で爆弾を投下できるようにした。そして隊員を集め、「体当たりで撃沈できる公算は少ない。出撃しても、爆弾を命中させて帰ってこい」と命じた。死罪に相当する明らかな軍規違反だったが、佐々木は体中を熱くしてこの言葉を聞いた。
だがその6日後、岩本隊長は敵グラマン戦闘機の急襲で殉職してしまう。
◆「死ぬまで何度でも爆弾を命中させる」
11月12日、万朶隊に最初の特攻命令が出た。
全身が震えるほどの緊張感の中、佐々木は4人乗りの九九双軽にひとりで乗り込み、出撃地のカローカン飛行場を飛び立った。岩本隊長のためにも敵に爆弾を命中させ、生きて戻るつもりだった。
レイテ湾を飛行中に敵艦を発見し、高度5000mから急降下した。時速600kmを超えると全身の血液が頭に充満する。空中を激しく上下した後、高度800mから敵艦めがけて爆弾を投下した。