藤田が操縦する零式小型水上偵察機はこの二五潜水艦の艦載機である。後席には偵察員の奥田省二(二飛曹)が乗り込み、十七年九月九日の黎明、米本土を爆撃するため飛び立つ。水上偵察機には六十kgの焼夷弾二発が搭載され、潜水艦甲板から轟音を響かせ、カタパルト射出(*)された。
(*:レールに台車を乗せ、その上に飛行機を乗せ、圧搾空気の力で勢いよく飛行機を飛ばす機械のこと。巡洋艦などからのカタパルト射出は火薬を使用するが、潜水艦の場合は圧搾空気が使われる)
低翼複座の藤田の愛機は、オレゴン州の森林をめがけ、二度にわたり搭載していた焼夷弾を予定地に投下した。これが日本人パイロットによる唯一の米本土の爆撃だった。
後席の奥田が眼下を注視する。はるか眼下の地上に落下した焼夷弾が爆発するのが、線香花火のような火焔で確認できた。目を凝らすと、ピカピカと発火して四方に火花が飛び散っているのが見えた。
「爆発。燃えています」と奥田が伝声管で藤田に伝える。
これで四月十八日のドーリットル爆撃隊の東京空襲に報いることができたと、彼は満足感に浸る。さらに東に進路を取り、数カイリ飛んだところで、第二弾を投下。またもや爆発が起き、眼の眩むような白い火花が飛び散る。彼は奥田に「敵機の見張りを厳重にやれ」と指示し、飛行機をブランコ岬の方に向ける。エンジンを絞り、機首を下げる。敵のレーダー網をかいくぐり、洋上で待つ母艦を探した。