ライフ

「実家の片付け」の不快臭から救ってくれた蚊取り線香の香り

蚊取り線香が意外なところで活躍(写真/アフロ)

 認知症の母(83才)を支えるN記者(54才・女性)。母がサ高住(サービス付き高齢者むけ住宅)に引っ越し、実家の片付けをすることに。しかし、そこにはさまざまな臭いが混ざり合った“不快臭”がこびりついていた。

 * * *
 認知症で独居生活が立ち行かなくなった母をサ高住に転居させ、その後始末をしたのは4年前の夏。

 母の家から新生活に必要な物を運んだ後、残りは廃品業者が引き取ることになっていたが、予想外のモノの山。しかも母の掃除が行き届かなくなった部屋は、業者といえども見られるのが恥ずかしい荒れようだった。少しでも物が減れば料金が安くなることもあり、できるだけ片づけることにしたのだ。

 そんな前向きな片づけにもかかわらず、行くたびに玄関ドアを開けるのが苦痛だった。ひどい悪臭だったのだ。

 洗濯されずに山積みにされた衣類、よく洗われていない食器や調理道具、棚の奥に忘れられた調味料や食品。そしてしつけをしきれなかった愛犬の糞尿。いろいろな場所から立ち上る不快なにおいが混ざり合い、空気が澱んでいた。

 昔、帰るたびにホッとさせてくれた“実家のにおい”では、もはやなかった。両親の生活の跡なのだと、いくら自分に言い聞かせても全身が拒否反応。その場にいるだけでささくれ立った気分になった。

 ここで1人、物を拾ってはゴミ袋に入れることを繰り返す。自然と深く息を吸わないようにするので、息苦しくて集中できない。一向に作業ははかどらなかった。

 ふと棚の奥に蚊取り線香の束を見つけて、わけもなく火をつけてみた。すると不思議なことにあたりの空気が一変。線香の強い香りに包まれ、子供の頃の懐かしい夏の情景が浮かんで少し気が和らぎ、不快臭も遠のいた気がした。

 それから片づけ作業に来るたびに、儀式のように蚊取り線香をたくようになった。

 夕方、延々と終わらない片づけ作業に目途をつけて帰宅する頃、同じマンションのよその家では夕飯のしたくが始まっていた。クタクタになって廊下に出ると、数軒先の玄関から、家族の賑やかな声と魚を焼く香ばしいにおいが。

「ここの家、今夜は焼き魚か。みそ汁の具は何だろう…」などと豊かな食卓を空想すると、母がかつて作った鼻腔をくすぐる料理の数々と、今片づけてきた部屋の有り様が重なって、泣きそうになった。

「早く帰って夕飯作ろう」と自分で自分を慰め、さっさと帰途についた。途中の駅ビルの中で足が止まった。グレープフルーツの香りだ! 見ると雑貨店の店頭でルームフレグランスの宣伝をやっている。ピチピチと元気弾ける感じの女性が、「お部屋をリフレッシュしませんか!」と叫んでいる。

 みずみずしく強烈なグレープフルーツの香りに包まれると一瞬で心が華やぎ、グイグイと惹かれた。「においって本当にすごい…」と感心しながら近づくと、「グレープフルーツの香りにはダイエット効果もあるんですよ」と、女性が無邪気に笑った。

 残念なことに汗で化粧も剥げた更年期女の心に、その宣伝文句は一切刺さらず、小躍りした心はまたまた萎えた。

 少し元気になった今も、蚊取り線香とグレープフルーツの香りをかぐと、あのときの切ない気持ちを思い出す。

※女性セブン2018年9月6日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

俳優の松田翔太、妻でモデルの秋元梢(右/時事通信フォト)
《松田龍平、翔太兄弟夫婦がタイでバカンス目撃撮》秋元梢が甥っ子を優しく見守り…ファミリーが交流した「初のフォーショット」
NEWSポストセブン
世界が驚嘆した大番狂わせ(写真/AFLO)
ラグビー日本代表「ブライトンの奇跡」から10年 名将エディー・ジョーンズが語る世界を驚かせた偉業と現状「リーチマイケルたちが取り戻した“日本の誇り”を引き継いでいく」
週刊ポスト
佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《即完売》佳子さま、着用した2750円イヤリングのメーカーが当日の「トータルコーディネート」に感激
NEWSポストセブン
国連大学50周年記念式典に出席された天皇皇后両陛下(2025年9月18日、撮影/JMPA)
《国連大学50周年記念式典》皇后雅子さまが見せられたマスタードイエローの“サステナブルファッション” 沖縄ご訪問や園遊会でお召しの一着をお選びに 
NEWSポストセブン
豪雨被害のため、M-1出場を断念した森智広市長 (左/時事通信フォト、右/読者提供)
《森智広市長 M-1出場断念の舞台裏》「商店街の道の下から水がゴボゴボと…」三重・四日市を襲った記録的豪雨で地下駐車場が水没、高級車ふくむ274台が被害
NEWSポストセブン
「決意のSNS投稿」をした滝川クリステル(時事通信フォト)
滝川クリステル「決意のSNS投稿」に見る“ファーストレディ”への準備 小泉進次郎氏の「誹謗中傷について規制を強化する考え」を後押しする覚悟か
週刊ポスト
アニメではカバオくんなど複数のキャラクターの声を担当する山寺宏一(写真提供/NHK)
【『あんぱん』最終回へ】「声優生活40年のご褒美」山寺宏一が“やなせ先生の恩師役”を演じて感じた、ジャムおじさんとして「新しい顔だよ」と言える喜び
週刊ポスト
林家ペーさんと林家パー子さんの自宅で火災が起きていることがわかった
《部屋はエアコンなしで扇風機が5台》「仏壇のろうそくに火をつけようとして燃え広がった」林家ぺー&パー子夫妻が火災が起きた自宅で“質素な暮らし”
NEWSポストセブン
1年ほど前に、会社役員を務める元夫と離婚していたことを明かした
《ロックシンガー・相川七瀬 年上夫との離婚明かす》個人事務所役員の年上夫との別居生活1年「家族でいるために」昨夏に自ら離婚届を提出
NEWSポストセブン
“高市潰し”を狙っているように思える動きも(時事通信フォト)
《前代未聞の自民党総裁選》公明党や野党も“露骨な介入”「高市早苗総裁では連立は組めない」と“拒否権”をちらつかせる異例の事態に
週刊ポスト
佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《佳子さまどアップ動画が話題》「『まぶしい』とか『神々しい』という印象」撮影者が振り返る “お声がけの衝撃”「手を伸ばせば届く距離」
NEWSポストセブン
秋場所
「こんなことは初めてです…」秋場所の西花道に「溜席の着物美人」が登場! 薄手の着物になった理由は厳しい暑さと本人が明かす「汗が止まりませんでした」
NEWSポストセブン