橘:実名を出してそういうことを言える人が、いなくなってきたのかもしれませんね。
中川:怖いのかもしれないですね。
橘:「こいつは気に食わない」となった瞬間にすぐにネットで検索されて、住所や職場、学校、交友関係まで晒されてしまうんなら、普通に生きているひとは、堂々と意見なんていえないですよ。
中川:数の論理でいえば、右の方が強いのは間違いない。それがよく表れたのが、2011年8月21日に行われたフジテレビデモだと思います。高岡奏輔という俳優が、フジテレビが韓国コンテンツを流しすぎだとツイッターで同社を批判したところ、彼は所属事務所をクビになった。ただ、事務所から見たら大クライアントであるフジを批判したら処分を受けるのは当たり前だと思うんですよ。
これに対し「愛国者たる高岡さんの不当解雇を許すな!」とばかりに5000人の参加するデモが発生しました。それに対してフジテレビの社員がツイッターで「あんたら暇なの?」と書いたんですよ。そしたら、「あんたら」という一言に怒りが沸騰しました。しかもこの社員はうかつにも実名でツイッターをやっていたからすぐにFacebookのIDも見つけられて、自分の家の車のボンネットに映った家の形から自宅が特定された。その後、“スネーク”と言われる見物する人たちが続出しちゃった。しかも、過去に仕事で獲得したであろうグッズをヤフオクに横流ししていた疑惑とかを全部暴き出された。彼はその後社内で居心地悪かったんじゃないかな、と思います。
橘:そういうネットの恐ろしさがある程度浸透してきたので、実名、顔出しができなくなってきたというのはあると思いますね。私自身、ペンネームで顔写真も公開していなくて、「ネット社会で上手くやってますね」みたいなことはよくいわれますから。でもこれはたまたまで、物書きになった頃はネットのことなんてほとんど理解していなかったのですが。(続く)
◆橘玲(たちばな・あきら):作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない 残酷すぎる真実』『(日本人)』『80’s』など著書多数。
◆中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):ネットニュース編集者。1973年生まれ。『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』『縁の切り方 絆と孤独を考える』など著書多数。