◆パトロン男性との会合にも出席
決定打となったのは、相撲協会との決別だった。9月25日、貴乃花は、相撲協会に退職届を提出。自身の部屋も手放し、事実上の“廃業”となった。“部屋の女将さん”という立場こそ自分の居場所だと考えていた景子さんにとって“廃業”は受け入れがたい事実。この頃、景子さんはがまんの限界を迎えた。
「昨秋の暴行事件以降、親方はすべてを何の相談もなく決めてきた。日馬富士の暴行事件に対する被害届の提出、理事長選の出馬までは堪えたが、この退職届だけは見過ごせなかった。景子さんは泣きながら“協会に残るべきだった”とひどく咎めたそうです」(景子さんの知人)
景子さんは、「協会残留」が弟子たちを守る唯一の方策、という意見だった。しかし、景子さんのこうした態度が、逆に貴乃花を強硬にさせたという。
「近年の景子さんは女将さん業よりも、それを“ネタ”にした講演会や商品プロデュース業に熱心になっていました。2年前には会社を設立し、よりビジネスに邁進していた。景子さんは部屋に住み込まない“通い女将”で、毎日来るわけでもなかった。景子さんは部屋の財政状況が厳しいことがわかっていて、なんとか副収入で支えようと必死でした。
ところが、親方としては、景子さんが協会残留を願うのは“自分のビジネスのためだろう”という穿った見方さえあったのかもしれません」(前出・後援会関係者)
別の後援会関係者はこんな話を明かす。
「親方は景子さんに対する不信感も募らせていたようです。この半年ほどで景子さんの酒量は、どんどん増えていました。飲み会に顔をだすことも多くなって…服装も派手になっていました。一連の騒動でストレスを溜めていたこともあるのでしょうが、会社設立以降、交友関係も変わっていきました。時にはパトロンのような男性との会合にも出席するようになっていた」
※女性セブン2018年12月13日号