4月30日の天皇陛下の退位まであと2か月あまり。天皇陛下のこれまでの歩みへの関心が高まるのと同時に、ご成婚当初から「ミッチー・ブーム」を巻き起こし、ファッションから生き方までもが女性たちの憧れとなった皇后美智子さまへ熱視線を送る人は増えるばかり。女優として映画やドラマで活躍し、朝の情報番組『ZIP!』(日本テレビ系)にも出演する團遥香さん(だん・はるか、25才)もその1人だ。『ぞうさん』や『ラジオ体操第2』など多くの人が子供の頃から親しんできた名曲を作曲してきた作曲家の團伊玖磨(だん・いくま)さんを祖父に、『コレド室町』『台北桃園国際空港第一ターミナル』などが代表作の建築家である團紀彦さんを父に持つ「華麗なる家系図」のもと生まれ育った彼女が、美智子さまとの思い出を振り返る。
――幼いころ、美智子さまとお会いしたそうですね。
團:初めて私がまだ5才のころでした。祖父が主催するコンサートに行ったとき、演奏終了後いつものように祖父の楽屋に遊びに行ったんです。部屋に入ると、そこに両陛下がいらしていて…。祖父は昔から両陛下と交流があったようなんです。
もちろんテレビでもお顔は拝見していたので、両陛下のことは知っていましたが、本当にびっくりして。祖父に連れられてご挨拶に行き、間近でお目にかかった美智子さまは、本当におきれいでした。それまで生きてきた中で感じたことのないような、気品とやさしさ、神々しさが放たれていて、幼いながらにも「ああ、すごい人なんだ」と圧倒されたことを覚えています。
――そのときは、美智子さまとは、どんなお話をされたのでしょうか
團:「かわいいわね」「将来が楽しみね」と言っていただきまして。私も本当に小さかったので、ずうずうしくも「はい」と答えた覚えがあります(笑い)。そのあと、すごく近い距離から「握手しましょう」と声をかけていただき、握手をしました。もう、なんと申し上げればいいでしょうか…幻のかたと、夢のような形で会ってしまった、という感じ。手の届かないところにいらっしゃる”プリンセス”と今、会っているんだ…って。5才のときの記憶って、あいまいな部分も多いじゃないですか。だけどこのときの記憶だけは、不思議と今でも鮮明に残っています。
――その後、大きくなってから美智子さまとお会いすることは?
團:実際にお会いするということはなかったのですが、もしかして、気にかけてくださっているのかな、ということはありました。私は美智子さまの母校でもある聖心女子大に進学したのですが、美智子さまも音楽の活動をされているということでたびたび大学にいらっしゃっていて…。一度美智子さまが主催する演奏会に招待していただいたことがありました。
あとで母に聞いたら、私が聖心女子大学に入ったことを美智子さまに伝えたところ、「私と一緒ね」とおっしゃって、ご招待してくださったとのことでした。5才のときにお目にかかったあの憧れの「プリンセス」が、10年以上経ってもまだ、私のことを気にかけてくださっているんだ、と思うと嬉しくて…。
それと、これは本当にありがたいお話なのですが、3年くらい前、うちの両親と、美智子さまがお会いしたときに、「そういえば、あの小さいときにあった娘さん、今は何をなさってるの?」と聞かれたそうで。あ、覚えていてくださってたんだな、と母は喜んで、「今は舞台に出てるんですよ」と、私の初舞台『黒蜥蜴』のパンフレットをお見せしたそうなんです。そうしたら「すごくかわいい子だったから、やっぱり女優さんになったのね。応援するわね」と言ってくださったそうで…。いつもはめったに、美智子さまや陛下の話をしないうちの母が、このときだけは本当に、「はああ…」と、感極まった様子で、教えてくれました。
――そもそも、團さんご一家は両陛下とはどういったきっかけで交流を持たれるようになったのでしょうか?