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国夫様
いつもあなたと同じ屋根の下にいて、何もわざわざ手紙など書かなくてもいいと思うけれど、恋愛時代せっせとラブレターを書いた頃を思い出してペンを取りました。
とはいえ、あの頃のような詩的なロマンティックな事はなかなか出てこない。愛だの恋だのという言葉は似合わなくなってしまったのかしら。ごめんなさい。
娘・麻友美を見ていてつくづく思う。二十四才と言えば私はあなたに夢中で、周囲にどんなに反対されても、いや、反対されればされる程強くあなたに引かれてしまって…。
あなたが仲間と麻雀をしているときけば雀荘へ行って、あなたの背に寄り添うように座っていましたっけね。あれから三十数年です。
長い結婚生活の間には、あなたが嫌いになったり、“イヤな男”と思ったこともそりゃあ何度かありましたけれど、少し冷静になると、こんな事で私たちの歴史に終止符を打つのは勿体ないか…などと思い直し。
考えてみれば、あなただって私を“イヤな女”と思ったことも多々あるでしょう。じっとがまんしてくれた事がいっぱいあるに違いありませんものね。
十八年前、乳がんの手術をし、その後はひどい「うつ病」になって、あなたに辛い思いをさせてしまいました。どんなにあなたを悩ませ、苦しませてしまったことか…。
「自分は妻に何もしてあげられなかった。どうしてあげればいいかもわからずただ手を握っているしかなかった」「自分は無力だった」とおっしゃるけれど、とんでもない!
どれだけ暖かく見守り、支えて下さっていたか…感謝以外の言葉は見つかりません。
あなたは一見、がんこで自分勝手でわがままな亭主と思われがちですが、(まあ多少そんな所もありますが)実は、私よりずっと繊細で、慎重で、強そうに見えて強がってるだけだったりする。私よりずっと優しくて、気配りのできる人。芝居に対しても純粋で努力家で情熱的で…。そんなあなたが好き。
石橋を叩いて叩いて渡らないあなたをもどかしく思うこともあるけれど、叩かず「エイ!行けッ」と行ってしまいそうな私を冷静に押さえてくれるあなたに何度助けられたかわかりません。そう!私たちはピチッとバランスのとれている二人なのかもね。私にとってあなたは理想の夫、あなたにとって私は理想の妻(?)かな。
ずっと一緒にいられるようになるには、やはり時間がかかります。三十年、あなたは私の全てを認め、愛し必要としてくれるのですから、私は本当に幸せだと思います。
心から、ありがとう。
2006年10月26日 美紀子
※女性セブン2019年5月9・16日号