芸能

吉行和子83歳 映画『雪子さんの足音』で見せた妖気

5月18日に行なわれた『雪子さんの足音』舞台挨拶

 5月18日から公開が始まった映画『雪子さんの足音』(浜野佐知監督・全国順次公開)。初日、舞台挨拶が東京・ユーロスペースで行われ、吉行和子、菜葉菜、寛一郎、浜野佐知監督が登壇した。

 映画が生まれたきっかけは一本のメール、と浜野監督が明かした。「とんでもないバーサンの役が演りたい」とLINEで伝えてきた吉行和子に、「直球で吉行さんの心を受けとったような気がした」という監督。しかしその「とんでもないバーサン」のイメージを、いかに役柄として着地させていくのか。頭を悩ませていた時、たまたま出会ったのが芥川賞候補にもなった小説『雪子さんの足音』(木村紅美著)。主人公の雪子は「老女」「年寄」というプロトタイプからはみ出す不可思議な人物で、浜野監督は「とんでもないバーサン」がここにいると確信、吉行主演の映画化を決めたという。

 映画の中で「不可思議なバーサンの世界」へと誘い込まれ、翻弄されていく青年・湯佐薫を演じたのが寛一郎。祖父に三國連太郎、父は佐藤浩市と役者一家の血を継いだ22歳。デビューしたてのみずみずしい長身イケメンが、83歳の小さな吉行和子に籠絡されていくあたりが見物だ。

 語は、アパート「月光荘」の大家・川島雪子(吉行和子)の孤独死から始まる。大学時代、月光荘に下宿していた薫(寛一郎)は、新聞報道で雪子の死を知り、あらためて月光荘を訪ねる道すがら、生前の雪子から受けた一種異様なもてなしや過剰な親切、奇妙な体験がよみがえる──毎日のように用意される、ごちそうの数々。金銭の援助。戸惑い遠慮しつつも、ちゃっかりとアルバイト感覚で「祖母につきあう孫」を演じるようになっていった薫。

 しかし、ジワジワと距離を縮めてくる雪子は、手を握ったり黙って部屋へ入りこんだり。エスカレートする妖気に怖じけづき、逃げ出しても月光荘で受けた心の痕跡は消えない──。

「親切で優しい大家の雪子さん」という老女の顔の奥に、秘めたる欲望、巧妙な手管、自己愛がのぞく。そしてガラス玉のように透明な少女性も。

「高齢者とはこういうものと、一つに決められたくない」と常々語っていた吉行和子。「年を取ると、きちんと名前を持ち個性を持った人物を演じる機会が極端に少なくなる。ただの老女Aを演じるばかりではつまらない」という言葉もかつて取材現場で聞いた。

 そう、まさしくこの映画に現れた雪子は「とんでもないバーサン」。簡単にはカテゴライズされない、見たこともない80代の女の姿がなまめかしく浮かび上がってくる。

 老齢期は、人生のたそがれとも言う。「たそがれ」の語源は「誰(た)そ彼(かれ)」。夕暮れ、人の見分けがつきにくく「あなたは誰ですか?」とたずねる時分のこと。

 では、83歳の吉行和子の「たそがれ」は、どうだろう? 

 映画館の暗闇の中で、姿が見えたかと思うとまた別の誰かのようにも見えてくる。老いと少女性、優しさと毒、複数の顔を潜ませた不思議な存在──たそがれ時の吉行和子にしか演じられない、独自の領域だ。

●取材・文/山下柚実(作家)

関連キーワード

関連記事

トピックス

日高氏が「未成年女性アイドルを深夜に自宅呼び出し」していたことがわかった
《本誌スクープで年内活動辞退》「未成年アイドルを深夜自宅呼び出し」SKY-HIは「猛省しております」と回答していた【各テレビ局も検証を求める声】
NEWSポストセブン
12月3日期間限定のスケートパークでオープニングセレモニーに登場した本田望結
《むっちりサンタ姿で登場》10キロ減量を報告した本田望結、ピッタリ衣装を着用した後にクリスマスディナーを“絶景レストラン”で堪能
NEWSポストセブン
訃報が報じられた、“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司さん(時事通信フォト)
笹生優花、原英莉花らを育てたジャンボ尾崎さんが語っていた“成長の鉄則” 「最終目的が大きいほどいいわけでもない」
NEWSポストセブン
実業家の宮崎麗香
《セレブな5児の母・宮崎麗果が1.5億円脱税》「結婚記念日にフェラーリ納車」のインスタ投稿がこっそり削除…「ありのままを発信する責任がある」語っていた“SNSとの向き合い方”
NEWSポストセブン
出席予定だったイベントを次々とキャンセルしている米倉涼子(時事通信フォト)
《米倉涼子が“ガサ入れ”後の沈黙を破る》更新したファンクラブのインスタに“復帰”見込まれる「メッセージ」と「画像」
NEWSポストセブン
訃報が報じられた、“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司さん
亡くなったジャンボ尾崎さんが生前語っていた“人生最後に見たい景色” 「オレのことはもういいんだよ…」
NEWSポストセブン
峰竜太(73)(時事通信フォト)
《3か月で長寿番組レギュラー2本が終了》「寂しい」峰竜太、5億円豪邸支えた“恐妻の局回り”「オンエア確認、スタッフの胃袋つかむ差し入れ…」と関係者明かす
NEWSポストセブン
2025年11月には初めての外国公式訪問でラオスに足を運ばれた(JMPA)
《2026年大予測》国内外から高まる「愛子天皇待望論」、女系天皇反対派の急先鋒だった高市首相も実現に向けて「含み」
女性セブン
夫によるサイバーストーキング行為に支配されていた生活を送っていたミカ・ミラーさん(遺族による追悼サイトより)
〈30歳の妻の何も着ていない写真をバラ撒き…〉46歳牧師が「妻へのストーキング行為」で立件 逃げ場のない監視生活の絶望、夫は起訴され裁判へ【米サウスカロライナ】
NEWSポストセブン
シーズンオフを家族で過ごしている大谷翔平(左・時事通信フォト)
《お揃いのグラサンコーデ》大谷翔平と真美子さんがハワイで“ペアルックファミリーデート”、目撃者がSNS投稿「コーヒーを買ってたら…」
NEWSポストセブン
愛子さまのドレスアップ姿が話題に(共同通信社)
《天皇家のクリスマスコーデ》愛子さまがバレエ鑑賞で“圧巻のドレスアップ姿”披露、赤色のリンクコーデに表れた「ご家族のあたたかな絆」
NEWSポストセブン
硫黄島守備隊指揮官の栗林忠道・陸軍大将(写真/AFLO)
《戦後80年特別企画》軍事・歴史のプロ16人が評価した旧日本軍「最高の軍人」ランキング 1位に選出されたのは硫黄島守備隊指揮官の栗林忠道・陸軍大将
週刊ポスト