このように、高級なスポーティサルーンとしては申し分ない性能を持っていた523d M Sportだったが、同時に自動車が大変革期を迎えている今日、自動車メーカーがそれぞれ固有の哲学を前面に出したクルマ作りをすることの難しさを実感することにもなった。これが本当にBMWらしいクルマなのかと言われると、筆者としては「?」だったからである。
以前と明らかに違うのは、クルマを操るフィールの作り込みへのこだわりだ。523dはきついコーナーの連続する山岳路、ハイウェイクルーズ、市街地走行まで、ハイテク感に満ちた高性能ぶりを披露したが、BMWが伝統的にこだわり続けてきたのは「絶対的な速さ」よりも「走りのテイスト」のほうだった。
たとえば旧型「3シリーズ」のM Sport。コーナリング時にステアリングを切り足すと、手のひらにかかる重みが増す割合にピタリと合致するようにロール角が増し、舵角を保持しているとそのロール角保ったままクルマが揺れるという、素晴らしい操縦安定性を持っていた。
あまりに安定しているので、山岳路で他のクルマがどういう余分な動きをしているかが目で見てわかるほど。かつてBMWは、リスが落としたクルミを皮一枚で避けて走るテレビCMを世界展開していたが、あながち大げさな表現ではなかったのだなと感心させられたものだった。
それに対して今回乗った5シリーズのM Sportに、そういう精緻な作り込みは感じられなかった。言うなれば、ただ速いだけである。こうなったのにはやむを得ない理由もあろう。プレミアムEセグメントに要求される基本性能が高くなりすぎたのだ。
自動車工学は日進月歩だが、とくにボディ、シャシー関連の技術はここ5、6年、目覚しい発展を遂げた。その結果、性能全般、とりわけ操縦安定性、乗り心地、静粛性の高さの3つについては、以前であれば相当に高額な部品を使わなければ実現できなかったようなレベルをちょっとしたノンプレミアムの上級車が簡単に達成できるようになった。