ビートルズは、商業的成功をおさめていたが、その言動や実験精神から「反体制」側からも支持されていた。これに対してGSは、同世代の学生運動に傾倒していた若者たちからは、ミーハーで堕落した商業主義音楽との烙印を押され、基本的には体制側の音楽とみなされていた。その結果、「文化」として正当に評価される地平に立てなかったのである。
ただ皮肉なことに、当時のGSは、PTAや学校から「不良の音楽」と目の敵にされ弾圧されていたので、結果として、GSは、絶大な人気がありながら、保守派からも左翼からも嫌われるという「板挟み」状態にあった。
今から冷静に振り返れば、ともに、当時の大人たちが守ってきた既成の価値観や秩序に反発して「世代間抗争」を展開していたわけで、政治的局面では対極であっても、新時代を開拓せんとする若者の熱いエネルギーの発露という点では、同じベクトルを有していたのであり、その意味からの「再評価」が、今こそ必要であると思われる。
※週刊ポスト2019年6月28日号