公演出発時の羽田空港の送迎デッキには多くのファンが見送りに集まっていましたが、公演先の別府国際観光会館大ホールでは、緞帳が上がると1500人以上収容できる客席の前方3列が埋まっているだけというショッキングな状況。事務所はアイ高野とポール岡田の新しいコンビで再浮上を画策していたようですが、メディアはGSを一過性のブームとして捉えていたようで、再浮上は難しい状況だったと思います。
夏過ぎに喜多村次郎と岡忠夫が脱退。残されたメンバーはサポート・メンバーを加えてライブをこなすだけの状態。そんな中でもアイ高野はステージに上がると変わらぬショーマン・シップを発揮してファンを楽しませていました。彼から学んだことは多かったですね。
同年9月末、銀座ACBの夜の部を最後にカーナビーツは解散しました。その夜は脱退した次郎君と岡君も戻ってきて、満員のファンの人たちに喜んでもらえました。ファンの皆さんの涙声につられて、モッチンも、リーダーだった越川君も、僕も泣きました。
カーナビーツ在籍は5か月。キャンディーズと合わせても僅か10か月の僕のGS時代。スタートが遅すぎたけど、人生の貴重な時間でした。
【ザ・カーナビーツ】1967年、ゾンビーズ(英国)の『I Love You』を日本語でカバーした『好きさ好きさ好きさ』でデビュー。ドラム&ボーカルのアイ高野がスティックを突き出すキメポーズも話題になりヒット。人気グループとなり、それ以降も日本語カバー作品を多数発表。グループの名付け親は当時『ミュージック・ライフ』の編集長だった星加ルミ子で、ロンドンのカーナビー・ストリートに由来する。メンバーは越川弘志(リードギター)、喜多村次郎(サイドギター)、岡忠夫(ベース)、アイ高野(ドラムス)、臼井啓吉(前期ボーカル)、ポール岡田(後期ボーカル)。
※週刊ポスト2019年6月28日号