南安曇郡に隣接した北安曇郡では畑に入ってはいけない理由を、それにより発生する音が彦星と織姫の逢瀬の邪魔になるからと言い伝えているが、どうしても取ってつけた感が否めない。本当の理由が忘れ去られた頃に、同じ日だからという理由で、彦星・織姫伝説との融合が図られたのだろう。
柳田はまた、同じく信州でも七夕の行事をオネンブリと呼ぶところもあれば、眠流し、ネンブリ流し、ネンブリ洗いと呼ぶところもあり、愛知県ではネブチ流し、埼玉県ではネボケ流しやネム流し、栃木県ではネブト流しやネムタ流し、福島県ではネヌツタ流し、秋田県ではネブリ流し、宮城県ではネブタ流しと呼ぶ例があることを伝えている。
これらに共通するのは7月7日の早朝に7回水浴びをするか水中に入る、もしくは7回髪の毛を洗えば腹痛やその他の病気を免れるとする伝承で、ここには水を浴びることにより睡魔を払う行為がすべての災い除けにつながるとの考えや、日本神話にある禊の風習の影響も見て取れる。さらには人形や燈籠を川に流すところも少なくなく、これまた災厄除けの呪いに由来するのであろう。
ちなみに、ネブタやネブチ、ネムタなどの語はすべて眠気を払うことを意味しており、祖先の供養をする盆と中元(道教に由来する年中行事の一つ)である旧暦7月15日を控え、穢れが生じないよう気を引き締めよとの戒めの意味が込められていると考えられる。
【プロフィール】しまざき・すすむ/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。著書に『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『春秋戦国の英傑たち』(双葉社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 孫子の兵法』(日本文芸社)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『いっきに読める史記』(PHPエディターズ・グループ)など多数。