ネットニュース編集者の中川淳一郎氏

 私はこれまでに数十人の芸人にライターのバイトを斡旋してきたが、中には売れた者もいたが、他のバイトと兼業している者だらけで、生活の苦しさはよく理解している。ある芸人は、舞台に出たものの端役を与えられただけで、ギャラはかなり安い。そして打ち上げが深夜に及んだため電車はなくなり、約6kmの道をスーツケースを引きながら歩いている姿を見かけたことがある。この段階ですでに3km歩いている。

「なんでこんな時間に歩いているの?」と聞いたら上記の説明をしたうえで、「タクシー代がないんです」と言っていた。翌日も早い時間からバイトをし、その後は舞台に立つということなので、すぐに2000円を渡して「これで早く帰って寝てください」と伝えた。

 1980年代前半の「漫才ブーム」の頃の漫才を今聞いてもそこまで面白くはない。むしろ、最近の若手芸人が出演するお笑いライブのネタの方が練られていて面白い。今は『エンタの神様』や『爆笑レッドカーペット』『ザ・イロモネア』『あらびき団』といった地上波のネタ番組がないため、多くの才能が日の目を見ることがない。

 この状況を考えると、若者がお笑いの道に進むのは人生にとって得策とは到底思えない。完全に老害に牛耳られた世界なだけに、なぜ「6000人」もの人間がその道を選ぶのだろうか。サラリーマンの世界ではブラック企業の「やりがい搾取」が問題になっているが、お笑いなどその最たるものだろう。

 有名になりたい、金持ちになりたい、と考える者にとってお笑いの道を進むのは1990年代中盤の『ボキャブラ天国』ブームの時代は完全に“アリ”だった。だが、今は本当に難しい。闇営業に端を発した今回の一連の騒動は、これからお笑いを目指す人間を躊躇させ、貧困に喘ぐ若者を減らす一定の好影響を与えたのではないか。

●なかがわ・じゅんいちろう/1973年生まれ。ネットで発生する諍いや珍事件をウオッチしてレポートするのが仕事。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』など

※週刊ポスト2019年8月9日号

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