「結婚当時、小泉家は“女系家族”でした。純一郎氏の母親や姉が選挙を取り仕切り、もう1人の姉が家事を受け持つ。表舞台に出るのは純一郎氏でしたが、小泉家を支えていたのは間違いなく女性たちだった。佳代子さんはそんな小泉家に長男の嫁として入っていった。ハッキリとした物言いで、自分のカラーを出す佳代子さんにとっては居づらかったと思います。次第に浮いた存在になっていきました」(前出・小泉家の知人)
離婚後、小泉家と佳代子さんは事実上の絶縁状態に。佳代子さんは大手不動産ディベロッパーで働きながら、シングルマザーとして三男を育て上げた。
「今でこそ兄弟間で連絡を取り、食事もするようですが、佳代子さんと進次郎さんの間は断絶状態が続いています。それだけ根深いものが、一家にはあるのです」(前出・小泉家の知人)
進次郎が母として慕ったのは純一郎氏の姉で小泉家の長女、道子さん(享年84)だった。
「佳代子さんが小泉家を出た時、進次郎くんはまだ1才。進次郎くんが明け方になるとお腹がすいて泣くんです。その時、道子さんはおっぱいを吸わせてあげていた。当然、母乳はでないけど、そうやって“母”として寄り添っていた」(小泉家の近隣住人)
進次郎は道子さんを「ママ」と呼んでいた。添い寝をするのも、学校への送り迎えも、「ママ」だった。
「進次郎くんは道子さんを本当の母親だと信じて育っていた。本当のことを伝えられたのは中学2年生の時。『ウソ…』と絶句したそうです」(前出・小泉家の近隣住人)
2016年8月、道子さんが亡くなる前日も進次郎は「ママ」に寄り添っていた。
「進次郎さんにとって“母親”は道子さんだけ。佳代子さんを“認める”ことは“ママ”に対する裏切りだという気持ちがあるのかもしれません。進次郎さんがなぜ披露宴をやらないのか、それはやれないですよ。やったら、実母との疎遠な関係が浮き彫りになり、佳代子さんが“母親”として注目される。仮に披露宴を行ったとして、佳代子さんを呼ぶつもりはないでしょうが、それはそれで大きな波紋を呼ぶでしょう」(前出・小泉家の知人)
※女性セブン2019年9月5日号