まず第1話「蛹の家」の舞台は明治30年代。政府の命で札幌に蚕種所(さんしゅじょ)を作った研究者を父に持ち、現在の桑園駅近くに暮らす多感な少女〈ヒトエ〉の目を通じて、〈おかいこさん〉を愛し、寝起きすら共にした人々の思いを、生き生きと描く。
桑の葉を刻む青々とした匂いや、幼虫が蛹となり、繭となって、美しい絹糸を生む神秘に彼女の心は躍る。そして和人が蚕を持ち込む前から道内に自生していた野桑を利用し、より良質な糸を紡げる蚕に改良する父は誇りだった。だが一国の経済を支えた産業の翳りは一家の生活にも影を落とす。特に養蚕用の蚕は自然界に存在しない命だけに、人なしには生きられない彼らもまた消えていくのだった。
また第2話「頸、冷える」では、道東・野付半島に程近い集落で毛皮用のミンクを育てる孤独な男の末路を。第3話「翠に蔓延る」では、一時は世界シェアが7割に及んだハッカ油の生産地・北見に生きた女の一代記を、薄荷草が一面に咲く爽やかな情景と芳香の中に描く。第4話「南北海鳥異聞」で水鳥を力任せに殴りつけ、その羽を毟る流れ者〈弥平〉の商売にしても、商品経済や外貨獲得を是とする時代こそが生んだ産業と言えた。
「特にミンクや水鳥の話は道内でも知る人ぞ知るマイナーな産業ですが、それを海外に売ってお金に換える流れは、止めようがないものとして近代以降存在した。その中で新しい産業を試しては失敗してきたのが北海道で、その時、ダメなら次、ダメなら次と、切り替えのスパンが短いところが人々の側にもあると感じます。
その根底には厳しい自然環境に対する耐性があるのかもしれません。元々アイヌの方々が暮らす土地に和人がやってきて、まだ150年ですからね。産業の1つや2つ、なんてことないという、いい意味だけではないフロンティア精神がある気はします」