しかも、もっと凄いのは、黒澤とはるたんはまったく面識がない、という設定です。つまり、ゼロからのスタート。2人の関係は完全なるリセット状態。もはやご都合主義と言われてもしかたがない。けれど、「はい再スタート」と仕切って互いに見知らぬ同士と言い切られてしまえば、視聴者の心も切り替わります。お遊びとはそれくらい徹底していなければいけません。思い切りの良さにこの悲喜劇ドラマの力量を感じます。
千葉雄大の芝居の幅の広さに注目
そしてもう一つ、注目すべきポイントがあります。それは、副操縦士・成瀬竜を演じる千葉雄大さんの存在感。
成瀬の仕事ぶりは優秀で、ニコリともせずクール、口を尖らせ文句を言い、人付き合いは苦手で性格に難あり。自分にも他人にも厳しいがゆえ、誤解される。しかしビジュアルはかわいらしい。アーモンドのようなつぶらな瞳、マシュマロを思わせるほっぺ。天空ピーチエアラインのテーマカラーであるピンク色がピタリとハマっている成瀬です。
千葉雄大さんといえば30歳のベテラン。しかし不思議な「かわいらしさ」が際立つ希有な俳優。今回もかわいらしさを多彩に見せつつ、切れ味の良い、大胆な演技と上手に組みあわせています。例えば、女と修羅場になった成瀬が、いきなり春田の腕をつかんでぶちゅっとキスするシーンに、度肝を抜かれた視聴者も多いはず。
かと思うと、「ぶっ殺すぞ」とドスを効かして人を突き飛ばす。ネクタイを引っ張り胸ぐらを掴む。激しい。成瀬という人物の幅と、はじけっぷりがいい。役者としての創意工夫が見えます。おそらく千葉さんは鏡の前で、目線はどういう角度がいいか、唇をどれくらいすぼめればいいのかと、丁寧に役作りを研究しているはず。
千葉さんの役者根性といえば、9月に放送されたドラマ『盤上の向日葵』(NHK BSプレミアム)で過酷な運命を背負いながら棋士の頂点を目指す青年を好演しました。複雑な人間を描きす、厚みのある役者に脱皮しようと格闘する姿が瑞々しかった。まさに今後が楽しみです。
このドラマのポイントは、役者たちがみな真摯なことにあるでしょう。真面目さが崩れたらすべてが崩壊してしまう。田中圭も吉田剛太郎も千葉雄大も戸次重幸も、みんながきちんと「大真面目」にふざけた演技を徹底しているからこそ、安心して笑えるのです。つまり、役者たちが「心のシートベルトをきっちりと締めている」からこそ成り立つ、秀作ドラマです。