そんなヤバい姿を見ているから、オイラは勧められても絶対クスリには手を出さなかった。だけど、当時はそういう雰囲気こそが「芸人」のど真ん中だったんだ。テレビなんか出ずに、演芸場やストリップ劇場でたまに舞台に出て、仕事がない日は安い煮込み屋でクダ巻いてさ。
アル中、ヤク中になってボロボロになって死んでも、それが芸人ってもんだから本望だって人たちばかりだったし、中にはそんなヤツを哀れに思ってかわいがってくれる常連客もいた。
その後、オイラは漫才ブームで売れて、幸運にも世に出ることができた。だけど、もし自分があのまま浅草にとどまっていたら、どうなっていたかわからないという気持ちは常に持っている。それにご存じの通り、テレビに出るようになってからも、オイラは今のがんじがらめの芸能界じゃ考えられないようなことをサンザンやらかしてきたクチだからね。
フライデーの事件は33年前、バイク事故は25年前になるのか。あれと同じことを今の時代にやったらどうなるか。さすがに最近の若手芸人みたいに簡単に潰されやしないけど、昔より処し方が難しくなってるのは間違いない。
まァとにかく、曲がりなりにも昭和・平成のテレビを生き抜いてきたオイラからしたって、世間に威張れるような経歴じゃないからさ。オイラだけじゃない、「芸能界の大御所」なんて言われる人間の過去をちょっと調べてみろよ。みんなスネに傷ある人間ばかり。昔の芸能界は、たとえクスリやらで逮捕されたって、何年か経てばシレッと元通り活躍できるような、ゆる~い業界だったんだよ。
※ビートたけし/著『芸人と影』(小学館新書)より