手術から2日後、父親が小児外科外来を訪れて放った言葉は「今すぐ人工呼吸器からはずしてください」というものだった。
「大学病院の研修医時代の話で、この出来事が僕の原点です。ご家族は6本ある指に動揺しました。そして、父親は腰を深く折って、見た目に奇形のある子は育てられない、人工呼吸器からはずしてくれ、と教授に懇願したのです。研修医だった僕は強いショックを受けました。医者は命を救うという本能のようなものがあり、助けないという選択はない。しかし、ただ手術だけをすればいいわけではない。命と向き合わなければいけない、と考えるきっかけになったのです」
2013年に出版された『運命の子 トリソミー』に描かれているのは生後6か月の13トリソミー(13番目の染色体が3本ある病気)の朝陽(あさひ)くんだ。
松永さんは、朝陽くんの地元かかりつけ医になった時に、障害をもった子を育てることにどういう意味があるんだろうと考え始めた、と言う。
多くの親は、障害児を授かったという現実を受け入れるまでに拒絶と葛藤を繰り返す。
「どんなに重い障害があっても初めから受け入れることができる親もいます。また、時間がかかる親もいる。それはさまざまです。受容は“する”“しない”の2つじゃない。3歩前進して2歩下がるといった状態を繰り返します。
ある病院でダウン症の子が生まれてきた時、母親は自分には無理だと育児放棄をしました。今は祖父母が引き取って育てていますが、その母親が受容できていないかというと、5年後、10年後、15年後には変わるかもしれない。だから、どこかの1点をとらえて“この人は受容できない”と決めつけるのは乱暴です。
誰しも大きな困難を抱えると、現実を受け入れるまで時間がかかります。いったん受け入れられたと思っても、やっぱり突き放したり。それが人間なんだと思います」