「あるのが当たり前だった会社が、いつなくなってもおかしくないものに変わったのも、この30年ですよね。私がいた会社も合併されてもうありませんが、あのまま勤めていたらどうなっていたかなあと今でもしょっちゅう思います。
もちろん未だに女性社員を不当に扱う人達には怒りを通り越して悲しくなるし、社員旅行に1人だけ参加した女性が、客室ではない部屋をあてがわれたエピソードも私の実話です。
だからといって古いものは全部ダメと切り捨てるのは考えが浅すぎますし、結局何が効率的かなんて、これから先もわからないと思うんです。良し悪しや損得より相性の問題として、会社も選んでいけるといいですけどね」
顧客や売上など、従来の優先順位を瓦解させ、今、ここを再発見させる〈それがどうした〉というパワーワードも物語後半で登場する。沈みゆく船を前にした各々の振る舞い方など、〈間違った選択ばかりして苦しんでいる〉全ての人に〈生きるということはプロセスだ〉とエールを送る、可笑しくも哀しく、表題からは想像できないほど感動的な、〈現実〉の小説である。
【プロフィール】いとやま・あきこ/1966年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、住宅設備機器メーカーに入社。営業職として福岡、名古屋、高崎等に赴任し、2001年に退職。2003年「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞、2004年「袋小路の男」で川端康成文学賞、2005年『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、2006年「沖で待つ」で芥川賞、2016年『薄情』で谷崎潤一郎賞。著書は他に『逃亡くそたわけ』『妻の超然』『不愉快な本の続編』『夢も見ずに眠った。』等。174cm、A型。
構成■橋本紀子 撮影■国府田利光
※週刊ポスト2020年2月28日・3月6日号