◆買いだめの客が押し寄せても、いくらでも店頭に積んでやります
4月6日、あらためて近藤さんのスーパーを訪ねた。邪魔をしてはいけないので店舗が終わるまで待つことにする。店内のパスタや袋麺、また精肉などがどれも売り切れていた。すでに夕方、緊急事態宣言は発令されていたが、それなりに客は多いものの混乱というほどではない。時短ということで夜9時には閉店、すばらくすると近藤さんが私を店の裏手へ招いた。缶コーヒーを二人で飲む。
「夜ですからね、明日は朝一からどうなることやら」
近藤さんは昨日より落ち着いているようだ。聞けば奥さんからも激励されたそうだ。なんと羨ましい夫婦か。
「ま、緊急事態宣言出ましたからね、覚悟決めるしかないでしょ」
静かにそうつぶやく近藤さんが頼もしい。まるで戦士のようだ。そうだ、サラリーマンも戦士なんだ。
「食料はいくらでもあるから心配ない。うちは大手だから、意地でも絶やしませんよ。買いだめのお客さんがいくら押し寄せようと、いくらでも店頭に積んでやります」
9時10分ごろから始まった安倍首相の会見はすでに終わっていた。私も、近藤さんも詳細はそれぞれのスマホを通してネットニュースで読むしかなかった。
「やっぱ引きこもりたいね、妻も心配してます」
もちろん、近藤さんのスーパーは緊急事態宣言の対象外だ。国民の生活のため、コロナがどれだけ蔓延しようと店を開け、店に立たなければならない。
「どうなるかなんてわからないですね。まあ、妻のためにがんばりますよ」
近藤さんの幸せは奥さんがいることだ。奥さんのために、奥さんとともに生きられることだ。誰と比較する必要もない絶対的幸福だ。コロナの恐怖に晒されながら、店頭に立たなければいけない近藤さんをこれからも支えるのは、愛する妻だろう。その尊さの前には一部の変なネットの声やアホな客など無力だ。そして近藤さんは日本人の、地域の生活を守る大事な人だ。コロナ禍の中、医療の最前線や治安、インフラを守る人々同様、日本の頼もしくも誇り高き戦士だ。
それなのに報われないどころか蔑まれ、矢面に立たされる。普通のサラリーマンにはビタ一文出す気がない政府がある。まったく理不尽極まりない日本だが、そんな国でもこういった大事は誰かに担っていただくしかない。
ならばせめて、私たちはこの理不尽に晒され続ける近藤さんたち戦士に敬意を払い、節度を持って個々のサバイバルに取り組むべきだ。私は医療従事者が病院に向かうたびに窓から拍手と歓声を上げて送り出すイギリスの光景に感動した。戦前の日本も結果はともあれかつてはお国のために戦う人々を敬った。現代の日本でもそうしろとは言わないが、気持ちはそうあるべきだ。いまやコロナ禍のインフラを維持する人すべてが戦士なのだから。何度も書く、これは戦争だ。
どうか日本中の近藤さんも自信を持って欲しい。そして私たちも彼らに協力し、彼らと共にこの未知のウイルスと人生の理不尽に立ち向かうべきだ。近藤さんが嘆くより日本人は上等なはずだと、私は信じている。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ正会員。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。