中野:ご著書を読むと、物事を多角的に、客観的に見る訓練をしていくことが日頃の対人コミュニケーションにも重要だとよくわかります。
佐々木:警察官はどうしても威圧的なイメージをもたれてしまいがちですが、実際の現場では「上から目線」だと上手くいかないことのほうが多いんです。
私の現役時代、酔って留置場で暴れているお爺さんがいました。若い警官が怒って「うるさい、静かにしろ」と注意した。すると売り言葉に買い言葉で罵り合いになってしまった。「大声で注意すれば大人しくなるようなら留置場に入ってない。自制できないからここにいるんだ」と僕はその若い警官を諭しました。
かくいう僕自身も、たくさん失敗をしてきました。新米警官の頃に「税金泥棒!」って交番へ毎晩喚いてくる酔っぱらいがいたんです。ある日、何度も言われた僕がキレて「あんたからはそんなに税金貰ってない!」と言い返しちゃった。すると上司に「言い返して何になる」って叱られて。「売られた喧嘩を買わないことが相手には痛いんだ」と教えられたんです。
冷静で客観的な態度を取ることの重要さ──それが刑事時代に学んだ最も大きなことですね。
中野:それは生活全般に通じるかもしれませんね。「自分の今の状態はどうか?」「他者からどんな風に見えてるか?」と客観的に考えるのは大事なことです。それによってコミュニケーション力の差は大きく開きます。相手を受け入れる「受容と共感」は、信頼関係を作り上げる基本ですから。佐々木さんは警察の現場でカウンセリングの本質を学んで来られたんですね。
●なかの・のぶこ/1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。現在、東日本国際大学教授。
●ささき・なるみ/1976年、岩手県生まれ。1995年埼玉県警察官拝命。埼玉県警察本部刑事部捜査第一課に10年間、刑事として従事。2017年の退職後は、一般社団法人スクールポリス理事を務め、中高生らが巻き込まれる犯罪を防止するための講演を行なうなど多方面で活躍中。
※週刊ポスト2020年4月24日号