〈美は見る人の目の中にある〉とも言われるように、あくまで美とは主観にすぎないのか、それとも絶対的な価値観たりうるのか―─。そんな答えの出ない問いをも、一連の事件は突きつける。
謎の出来物に塗れた夕菜は退院後も自室に引きこもり、第3の犠牲者は〈お岩さん〉のように顔を腫らし、階段から転落して死亡。さらに舞香や真実にも魔手は及び、犯人らしき独白者の正体や、一見大胆な犯行に見え隠れする微かな綻びなど、最後の数頁まで逆転の連続だ。
「エピローグの冒頭に『顔の美醜について』というテッド・チャンの短編から一節を引用しましたが、あの天才的SF作家にして、答えは出せていないんです。僕も基本的に美は主観的、相対的なものだとは思っています。でも『せめて普通になりたい』と切望する人や家族の心無い一言に縛られる人もいる以上、外見の社会的な呪縛があるのは事実です。そんな曖昧かつ茫洋とした美醜の実態に、今作では多少とも迫れた感じがしています」
作中に〈ルッキズム〉、外見至上主義という言葉があるが、その人を特定する無二の証に見えてそうでもなかったりする顔の意味や役割自体、曖昧だ。それでいて顔は劣等感や自己肯定感の拠り所ともなり、登場人物それぞれの事情が何とも身につまされる、お呪いエンタテインメントである。
【プロフィール】さわむら・いち/1979年大阪生まれ。大阪大学卒業後、上京。出版社勤務等を経て、2015年『ぼぎわんが、来る』(受賞時は「ぼぎわん」)で第22回日本ホラー小説大賞で大賞を受賞しデビュー。同作は同じく霊能者・比嘉姉妹が登場する『ずうのめ人形』等へと展開し、2018年には中島哲也監督、岡田准一主演『来る』として実写映画化。2019年「学校は死の匂い」で第72回日本推理作家協会賞短編部門受賞。著書は他に『予言の島』等多数。174cm、75kg、AB型。
構成■橋本紀子 撮影■国府田利光
※週刊ポスト2020年9月18・25日号