歌舞伎ファンに愛される役者に
香川の多才ぶり・多趣味ぶりはまだ挙げることができる。熱心なボクシングファンとしても有名で、ボクシングのタイトルマッチなどではゲスト解説者を務めたことも。俳優、歌舞伎俳優(市川中車)、昆虫、ボクシングと様々なジャンルで活躍し、おまけに東大出身俳優の看板をも持つ。香川自身も劇中の大和田に負けず劣らず“濃い”個性の持ち主と言えよう。特番『生放送!!半沢直樹の恩返し』(9月6日放送)でのトークも「面白い」と好評で、今後はバラエティ番組からのオファーも一気に増えるかもしれない。
『半沢直樹』をきっかけに香川本人の注目度も急上昇し、「香川照之の歌舞伎を観たい」という声も上がっている。今でこそ人気者の香川だが、演劇ライターの仲野マリ氏は、40代で歌舞伎の世界に足を踏み入れた彼に当時浴びせられた厳しい声について、こう証言する。
「香川さんは2011年9月、45歳のときに市川中車を名乗り、歌舞伎界に入りました。何を極めるにしろ、40歳を過ぎて一から修業することがいかに大変か、皆さんもおわかりだと思います。彼は血筋から言えば三代目市川猿之助(現・猿翁)の息子ですが、歌舞伎ファンは当初、彼の歌舞伎界入りに厳しい目を向けました。『俳優としてすでに一流なのだから、歌舞伎までやらなくてもいいのではないか。ドラマ性の強い作品(狂言物)はできるかもしれないが、歌舞伎らしい様式美が求められる荒事とか舞踊物では、他の役者と稽古の年数が違いすぎる』と」
現在の二代目市川猿翁と女優・浜木綿子の間に生まれ、演劇界のサラブレッドと言える香川だが、父母の離婚により、梨園からは離れて育った。2002年に放送されたNHK大河『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』の豊臣秀吉役など当たり役もいろいろあったにもかかわらず、40代でゼロから歌舞伎俳優としてのキャリアをスタートさせる──。役者ならずとも想像するだけで震えがきそうな、思い切った決断だったのではないだろうか。
仲野氏は、「予想どおり初舞台では、稽古のしすぎで初日から声が枯れており、『やはり無理か』と思われたのも事実です」と振り返り、こう続ける。
「あれから9年。今やどんな演目に出ても、堂々たる演技で劇場を沸かせています。まるで最初から歌舞伎をやっていたかのよう。やはり華がある。勘所を知っている。とはいえ、ここまで来るのにどれほどの努力をされたことか! 彼は一切口にはしません。でも歌舞伎ファンにはわかります。だから愛されるのです」(仲野氏)
活躍ぶりを鼻にかけない気さくな人柄の裏には、血が滲むような努力があるようだ。
●取材・文/原田イチボ(HEW)